移動祝祭日

勘弁してくれ.com

地震のこと、


        日本に住んでいる限り地震というのは常について回るもので、そんなことはわかりきっていると思っていたけど実際は全然わかっていなかった。


        地震が起きたときわたしは人をダメにするソファでダメになっている最中で、地震の最中のことはあんまり思い出したくない。とにかく震源が近くてめちゃくちゃに揺れて、食器も何枚か割れてその音ですくみあがってしまって、そのときの強張りがいまだに解けないでいる。揺れが収まってからすぐ震える手で父親に電話した。あんまり揺れなかった地域にいた彼はいつも通りの調子で、安心するような拍子抜けするようなそんな感じだった。


        わたしの家にはテレビがないのでラジオアプリをインストールして、あとはTwitterを眺めていた。母からもすぐ連絡があり、食器を下ろしておくことやお風呂に水を溜めること、靴下を履くことを指示してくれた。


        Twitterでは大学が休みになるかどうかとか、電車に閉じ込められた話とか、混乱に乗じたネタツイとかで阿鼻叫喚だった。わたしは20歳にもなって文字通り泣きべそをかいて、しゃくりあげて部屋中をうろうろしていた。しばらくしてすこし落ち着いて、家に何にもないことに気づいて、コンビニに行った。


        混乱している自分も、本気でつぎの大きい揺れを怖がっている自分も恥ずかしかった。恥ずかしがる必要なんてない、電車も何もかも全部止まって、ひとりぼっちで、自分を守るのは自分しかいないんだから、情報を集めて色々用意するのは全然恥ずかしいことじゃない。だけど、普通の顔で働く店員さんとか、普通の顔でサンドウィッチとコーヒーだけを買うサラリーマンとかを見て、カゴいっぱいにお茶とかウエットティッシュとか缶詰とかカップラーメンとかを入れている自分が恥ずかしかった。


        そしたら子供連れが2組ぐらい店に入ってきて、お母さんと子供達で協力して水や食べ物をテキパキ選んでカゴに入れていて、お母さんがめちゃくちゃ凛々しくて、それですごく安心した。これでいいんだ、そうだよな、全然間違っていないよな、ああ、お母さんだ、と思った。


        今日は本当はわたしの家で友人とクレープを焼く約束をしていて、でもその友人から「今日は無理そうだね、わたしたちもいま非常食とか確保してるところ、ドアはしばらく開けといたほうがいいかも、1人で不安なら電話かけてきてね」というLINEがきて、すこし落ち着いた。彼女はわたしより震源に近いところに住んでいる人で、わたしと同じものを体験して同じように怖がっている人がいるんだということにすごく救われた感じがした。


        なんというか、わたしはあの揺れですごく根源的な恐怖を感じて、だから今日の授業がぜんぶ休講になって「ラッキー🤞🏻」みたいな余裕はほんとうになくて、でもTwitterとかを見てると、みんな着々と今朝の出来事をネタとして消費し始めていて、地震の影響がなかった地域は当然いつも通りの生活で、やっぱり恥ずかしい気持ちと、うそでしょ、という怒りのような気持ちでいっぱいだった。



        はじめてほんとうに当事者になったんだ、と思った。わたしは全然わかっていなかった。どれだけ怖いかも、どれだかわかってもらえないのかも。


 

        通っていた中学校の自分の教室の自分の席で、国語の時間の終わりにノートに消しゴムをかけようと力を入れ、前のめりになった瞬間に視界がくらくらっと揺れた。まばたきをして、視界がもう揺れていないことを確認して「いま目眩した」と何とはなしにつぶやくと「わたしも」「エッわたしも」という声が返ってきた。なんなんだろうね〜という空気のままに授業が終わって、掃除をして、お手洗いに行って、教室に戻ってくると、備え付けのテレビがついていた。みんなリュックを背負ったままテレビにかじりついていて、テレビでは、ぐしゃぐしゃのかたまりがびしゃびしゃになっていく映像と、その右上に『東北地方で地震 M○』みたいな文字がでていて、地震かあ、どおりで、と思った。

 

        それがわたしのあの日の全てだ。一瞬の目眩のようなもの、すぐに完結するもの、他人の領域のもの。


        そういうものなのだ、電気もつくしガスも使えるし水道もでる、食料も水も生活用品も備えた、それでもこんなに怖い、これだけ備えているつもりでも怖い、そもそも備えていることを恥ずかしいと思ってしまう、まだひとごとだと思っているから。



        非常用の鞄を作ろうと思ってコンビニで買ったものや歯ブラシやサランラップや石鹸や毛布を詰めている間、ずっと「備えたくない、備えたくない」と思っていた。備えなくても安心したい。大丈夫なことを誰か証明してほしい。


        チューターをしているフランス人の女の子のことを思い出して、LINEをして「何か不安なことがあったらいつでもなんでも言ってね」と言った。最近通っている英会話グループのメンバーに英語で読めるNHKのニュースサイトのURLを送った。ひとりはイギリスから来た家族と一緒に九州にいるみたいで、逆に心配してくれた。楽しい時間に水を差して悪かったな。強調の大文字の優しさを実感した(The question is are YOU alright?)。もうひとりには「1週間は気をつけてね、怖がりすぎないで、ちゃんと準備をしていれば大丈夫だよ」と言った、言って、自分が言われた気持ちになって、それでいて、ほんとかなあ、と思った。


        今はファミリーレストランでこれを書いている。人がたくさんいて、大きい揺れが来てもなんとなく大丈夫そうで、なにより美味しいご飯が食べられる。落ち着こうと思って持って来た本はすでに読み終わった上巻でウーワーという感じ、だけど、知っている物語を読むというのは思いの外おちつくことだった。


        こういうときにひとりぼっちはほんとうに心細い。歩いていく家族とかカップルや友人づれがほんとうに羨ましかった。誰かに自分のことを丸ごと委託してしまいたい。


        だけどまあとにかくわたしは生きていて生きようとしている、そしてそれは全然恥ずかしくなんかない、ひとまずそう言い聞かせて、ちゃんと眠れたらいいなあ、と思う。



        


5月22日

 

        朝起きたらベーコンを4枚、規則正しく並べて焼く。ベーコンチーズトーストを作るのだ。焼きはじめたところでポップアップトースターに食パンをセットし、ベーコンを裏返したらその上にチーズをのせる。チーズがとけた頃にパンが焼けるのでバターを手早く塗って、ベーコンとチーズをのせる。

        これが毎朝の朝食で、食パンは冷凍してある。ここ3日間、スーパーの特売で買ったみっつ入りの安いプリンを食べないとなあと思いつつ、パンを食べ終わった頃には忘れている。

 

        身支度を済ませて学校にいく。天気は良かったが気分はそうでもなかった。2限目を受けながら窓の外を見ると、キャンパスの中心に立つ世界樹と呼ばれるおおきな木が揺れている。

        世界樹はとても大きいのでかなり離れないと全体が見えない。2限の窓から見えるのは後頭部だけだった。後頭部の、左耳の後ろのあたり。風に吹かれた世界樹は枝の先から順番に震え、最後にはおおきな波のように揺れる。外が晴れなのはわかっているのに、大雨の音がするので変な気分である。せわしない音に対して波のうごきは泰然としていて、そのまわりだけ時間の流れ方がおかしい。

 

 

        昼休みの前にとても嫌なことが起こる。激昂というよりは鈍く腫れ上がったような怒りでいっぱいになってしまって、たいへん苦しかった。すぐさま文章におこしてみたけれど、少し言い訳がましいと思ったので消した。

        いつもなら言いきってしまえばすっきりするのに、今回はじんじんする。わかりあえなさを突きつけられるのはとても痛いことだ。

 

 

        学校の帰りに古本屋で2時間かけて本棚をすみずみまで検分し、思うさま本を買った。フランス語の辞書が200円で売っていて、とても慰められた。200円で手元に置ける人類の叡智。

 

 

        家に帰って、1日に40本たばこを吸う人間の物語を読みながらたばこを吸った。今日はなぜだかうまく吸えない。たばこを吸うことは深く息をすることだなと思う。たばこにまつわる感傷的な言説は無数にあって、陳腐だとは思う一方どれもきちんとわかる気がする。

 

        わたしはたばこを吸いたいというよりは、煙を口から出したいのだと気づく。怪獣がそうするみたいに。ぼんやり吸っていると頭が重くなってくる。頭が重くなるのか首が仕事をやめるのかわからないけれど、体感ではなく物理の、数字通りの重さに戻る感じがする。

 

        そのうち吐き気がしてくるのでうがいをする、わたしは水道水を口に入れることができない。煮沸するか浄水しないとなんとなく気分が悪いのだ。このまえ駅前で怪しげな宗教団体の話を30分聞いたけれど、なんの理由もないのに水道水を受け付けないことのほうがよっぽど宗教めいている。

 

        ソファに沈み込んで目を瞑る。いい加減ライターと灰皿を買おうかな、しかし、わたしはたばこを吸う自分のことをあんまり認めていないので、できればほしくない。のっぴきならない理由で、しかたなく、コンロの火を汲んでベランダの床に押しつける、そういう言い訳が必要なのだ。

 

        うまく傷つけなかった、と思う。あまりに気持ちがしんどいとき、体を痛めつけるとすこし救われる気がする。だからわたしはたばこを吸うのだけど、それは別段たばこでなくてもいい。そのうち手首を切るようになる気もする、こんな思考停止の仕方を覚えてしまって、どうするつもり、どうなるんだろう。

 

 

        父親が本を読む姿を思い出す。太くてがさがさの指のなかの文庫本はとても小さく見える。浅黒く日焼けして筋肉のある彼に文庫本は全然似合わない。彼が背中を丸めて本を読む姿は、腕に大切な赤ちゃんを抱いているようにも見える。

        彼が本のページをめくる音が好きだ。がさがさの手で、思い切りよく、でも薄い紙を傷つけないように。べらりっ、べらっ、べろりっ。その拍子に紙から文字が浮き上がって、目や、鼻や、耳に吸い込まれていく。

 

        この人の血をひいているのだ、と思う。

それはとても安らかなことだった。

おもちゃの車

  映画や小説のネタバレを嫌がるひとはたくさんいるけれど、音楽のライブはそうではない。もちろんセットリストを事前に知ってしまうのが嫌という人はいるだろうが、自分が知っている曲を演奏してほしくないと思うひとはあまりいないと思う。

  どんな歌詞でどんなメロディでどんな構成か。これから見せられるものの正体がすでにわかっているもののために、どうしてわれわれは、わざわざ新しくお金を払って時間に都合をつけて、ときには長い距離を移動して、音楽ライブに行くのだろう。

 

 

  「大人になったいま、この愛する ”おもちゃの車” から降りることにしました」と言って、Galileo Galileiは活動を終えた。彼らはすごく早咲きのバンドだった。早咲きというのは変な日本語だけれど、早熟だったのではないと、わたしは思う。彼らが熟すのはもっとずっと後で、今ですらなくて、もしかしたらそういうことも、彼らがおもちゃの車を降りた理由の一つかもしれない。彼らの音楽は、決してキャッチーなものばかりではなく、ときには難しかった。だからたくさん聴いたし、その度に少しずつ、わたしの体になじんでいった。ライブにも何度か行った。髪の毛を逆立てながら、鳥肌を立てながら、息をのみながらその空間にいた。とても大切な時間だった。わたしは、おもちゃの車を心から愛していた。

 

  2年経って、その彼らが、Galileo Galileiとほとんど同じメンバーで新しいバンドを始めるという。わたしは(正確に言うとわたしたちは)、Galileo Galileiというバンドへの信頼だけで、まだ1曲も発表していない生まれたてのバンドのライブのチケットを申し込み、学校をサボタージュすることを決意し、東京への航空券をとった。

 

  Galileo時代の曲をやるかもしれないという期待は当然あった。ライブ当日の時点で、彼らはまだ2曲しか発表していなかったからだ。その2曲が素晴らしいのは当然のこととして、開演前には戯れに「何してほしい?」「SIRENとkiteと鳥と鳥!」みたいな会話もしていた。

 

  そんな会話をしたことを恥じ入ってしまうようなライブだった。1時間とすこしの、本当に短い公演だったけれど、すごい体験をしたと思った。

 

  1曲目で彼らは「彼らはきみが好きな曲をやらない、そのバンドはやらない」と歌った。ライブは、当日までに発表されていた2曲以外、全部が新曲だった。知らない曲ばかりのライブなんて初めてで、わたしは自分でもうろたえてしまうほど戸惑った。率直に言うと、楽しくない、入り込めない、しんどい、なぜなら曲の像をつかむのに必死だから。彼らは「はじめまして」と言った。初めて出会ったのだ。

 

  どうしてわれわれはライブに行くのか。一体感を楽しむため、踊るため、憧れの人と会うため、大きな音を聞くため、いろいろな理由や目的があると思うけれど、わたしは、受け取り直すためだと思っている。わたしにとって音楽を聴くことは孤独で、それは軽音楽部に入ってもバンドを組んでも変わらない。だけどその孤独を、ごく近しい信頼できる相手と分け合ったり交換することはできる。その最たるものがライブで、わたしは、丹念に自分の体になじませて作り上げた像を、ほんものの彼らや、彼らを愛する人々と一緒になぞり、その摩擦で生まれるあたらしい閃光を受けとるために、ライブに行くのだと思う。

 

  そういう類のものが全部くつがえされるようなライブだった。彼らと音楽をなぞることはできなかった、そうさせてくれなかった、絶対にわざとだとおもう。わたしにできたのは、彼らが提示する「これこそが自分たちの新しいバンド、Bird Bear Hare and Fish なのだ」という姿を必死に追いかけることだった。

 

        彼らのもっている曲では公演時間は1時間とすこし、これはワンマンライブの公演時間の相場と比べれば半分にも満たないくらいで、体感としても事実としてもほんとうにかなり短い。ざわめきと2度のアンコールにもかかわらず、彼らは絶対にGalileo Galileiの曲を演奏しなかった。

        まずはアルバムを出して、バンドを気に入った人の前で演奏するのが一般的だし、演奏する側から考えてもその方が幾分やり易いだろうと思うのだけど(事実として、数人がライブの途中で会場から出て行った)、彼らはそうしなかった。初期衝動や確固たる自分たちを過不足なく提示する。そういうあべこべのライブをやろうとして本当にやってのけた彼らは、音楽と向き合ってきた矜持と自信に満ちていて、とても勇敢で、めちゃくちゃにかっこよかった。そしてそれは、おそらくGalileo Galileiとの決別でもあった。

 

        「次の火」という曲で、会場の前方にひとりだけ力強くこぶしを突き上げる人がいて、わたしにはその気持ちが痛いほどわかった、これがライブにくる意味だと思った。顔も知らない誰か、向こうだってわたしの存在すら知らないだろうけど、間違いなくわたしは彼と何かを共有していたし、その瞬間わたしは彼とたったふたりで音楽を聴いていた。

 

 

        これから幾枚かアルバムが出るだろう。そしてもちろん、そのなかには今回のライブで演奏された曲がはいっているはずだ。どんなアレンジがされて最終形がどうなるか今は知るよしもないけれど、それらを受け取りなおすのがほんとうに楽しみだし、その最初の形を目撃できたのはほんとうに幸運だったと思う。

 

        「次の火」は決意の歌であり、応援歌であり、深海に潜って火山の噴火を見るような、雄大で苛烈で孤独で力強い物語だ。彼らはおもちゃの車を降り、わたしはその彼らについていくことに決めた。深海にだって火山にだって、森にだってけんかの次の朝にだってさみしい島にだって、嵐の真っ只中にもついていく。それは、彼らならどこまでも連れて行ってくれるという信頼でもある。

 

 

        さあ火をつけろ、世界に嘘をつくな。勝ち目のない取引をしよう、最初はろうそくの火だった。

 

 

 

  

4月11日(水)

 

  いい加減何か書かないとなあ、と思っているうちに一ヶ月以上経ってしまった。今年は日記もやめてしまったので、なんだか地に足が付いていないような、ユニットバスの透明のカーテン越しに世界を見ているような、心もとない感じがしている。

 

  3月は何をしていたっけ、後輩や先輩とご飯を食べて、妹や母と会って、高校生とバンドを組んで、素晴らしいバンドのライブをみて、それ以外はほとんど働いていた。いわゆる『お酒の失敗』を初めてしたし、激怒もしたし、大好きな人たちと離れ離れになったし、サイゼリヤでやりたい放題する最高の飲み会をやったりもした。

 

  ちゃんと振り返って言葉にしてみるとちゃんと悪くないな、楽しかったなと思えるのに、ものごとの最中にいるときは自分のことをすごく卑小な人間のように感じてしまう。こういう状態を「物心がついていない状態」と思っているんだけれど、まさにそんな感じ、自分がどこにいて何を感じていてどうしたいのかわからないままに本能や惰性だけで動いている、何もかも遠い、というかわたしが鈍い。鈍いときは重たくて、重たいことはしんどくて、煙草を吸ってぐらぐらになってそのまま眠るぐらいしかやり過ごす方法がない。当然そんなことはぜんぜんしたくない。誰かとふたりでゆっくり話したいな、元気を出さずにしゃべりたい。

 

  鈍さがきらめくのは春の特権で、だからもうしばらくぼうっとしていてもいいのかもしれない。この先1ヶ月くらいは京都国際写真祭のスタッフをしたり前のアルバイト先の人と久しぶりに会ったり学校をさぼって東京に行ったりするのですごく楽しみ、かがやかしい青春

 

  新しいことを始めたい、いろんな人に出会いたいと思うけれど、外交的な日々の決済を外交的なまま終えられたためしがなくて、つまり、内向的な自分が最終的にずたぼろになりながら色々を引き受けて帳尻を合わせてここまで来たんだけど、そろそろうまくやれないもんかしら、と途方に暮れている。外交的内向的というのはHSPとHSSの話をしているのだけど、調べれば調べるほどわたしには両方当てはまってしまう、そろそろちゃんと本を読まないとな〜〜〜〜〜

敏感な性質の『HSP』と刺激を求める性質の『HSS』、あなたはどんな性質? - NAVER まとめ

  

       本といえばTwitterで短歌の話をしたらすごく拡散されてすごくびっくりした、いろんな人に届くといろんな受け取られ方をされてしまうものなんだなと実感したので、ちゃんと記事にしようと思っている。

 

  脈絡のない感じになってしまったけど、春だから、いい、好きなこと好きなように書く。

 

  眩しい駅の自動販売機の前で、背負ったリュックサックから財布を取りだしてもらうときのちょっと緊張して伸びた背筋とゆるく握り込まれた手と宙吊りのはにかみ、それをそうっと覗き見る朝、その帰りに久しぶりの大好きな本屋さんで悩みに悩んで選んだ本が入った紙袋、ずっしり重いその紙袋を、前後にぶんぶん振り回しながら歩く。紙袋が後ろにいくときに、その重さで体が前に出る。紙袋を振り回していたはずが紙袋に振り回されている。しあわせな振り子になって風の夜をびゅんびゅん進む、そういう春が、全部をゆるすだろう。

 

  

2月22日(木)

 

  昔から偶数が苦手で、だから「2018年2月22日」みたいな字面に居心地のわるさを感じる。字面に影響を受けるのも昔からで、未だに18:00と20:00や14:00と16:00を混同したりする。「おなじ色だから」としか言いようがないのだけど、なんとなく共感覚とはちがうと思っている。わたしの脳の未分化な部分。

 

  有名な俳優が死んだらしい。老若男女あらゆる人間が彼のことを知っており、彼の存在を日常の一部にし、だから突然の彼の不在に戸惑っている。

  わたしは彼のようになりたかった。彼のような人間になれば、安心だと思っていた。

  死について四六時中考えていた少女のあの頃、暗いところで眠れなかったあの頃。大人なら誰でも「どうして死ぬのに生まれるのか」を知っていると疑わなかったあの頃、人生でいちばん無垢で暴力的だったあの頃。

  わたしがようやく辿り着いた死からの逃避方法は「有名になること」だった。有名になったら、みんなが覚えていてくれて、なかったことにならない。悲しみは分担できるのだと思っていた。

 

  わたしにとって死がいたましいのは、振り返ることができないからだ。やったことがやりっぱなしで終わってしまう。死んだ後で「あそこはこうだったよね」「あのときのはファインプレーだったね」みたいな話ができるなら、死ぬことはそんなに怖くないと思う。人は何かを成して、振り返って、折り合いをつけて、また次に進んで、そうやって生きていく、そうやって営んでいく。

        有名になったってならなくったって同じことだ。人は忘れるし不在に慣れる。振り返って折り合いをつけて進んでいく。振り返らないということはそれ以上進まないということだ。 

 

        最近人とよく会って話し、お酒を飲んでいる。話し過ぎはわたしの悪癖で、あとからじわじわ落ち込んでしまう。疲れもあるのか、自分の中に何かが沈殿しているのを感じる。澱とでもいえばいいのだろうか、だけどもこの澱は、やはり人と話さなければ霧散しないので、つくづく1人で立っていられないのだなと思う。

 

        今日こそ唐揚げを作ろう、と思いたって鶏肉を解凍している途中で電話が鳴る。母親から一緒に晩ごはんを食べないかと誘われる。彼女とは正月から会っていなかった。鶏肉を冷凍しなおして、40分電車を乗り継いでいきつけのバーに行き、今度こそ唐揚げを食べる。

        ずいぶん真面目な話をしたしずいぶんまともなことを言われたので驚いた。何も覚えていない、何も考えていない顔でへらへらするのはわたしが彼女にできるほとんど唯一といっていい思いやりなので困った。

 

        手編みのマフラーをもらったので巻いて帰ったけれど母の家には犬が2匹いて、わたしは重度の犬アレルギーなので発作が出て悲しかった。かわいい犬は母がわたしを手放す代わりに手に入れた自由のうちのひとつだ。彼女は14年我慢した。

        

 

        大学から進級が認められた旨の連絡が入ってうれしい。3年目にしてようやく平日に休みが作れそうなのでわくわくする。大学生活がモラトリアムだというのは嘘だ。

 

        将来のことをうじうじ悩んでいるけれども「将来」というほど遠い話ではなく、実際のところもうほとんど答えは出ていて、あとは状況が許すのか伺っているだけだ。状況が許さなくてもわたしはわたしのことを許そうとおもう。

 

        居心地の悪い一日があったとして、そういう日にも地球がまわって勝手に奇数の日にすすんでいくのは救いだ。ひとりの家で自分の生活を営むうちにそういう日をやり過ごす。そうやって大人になる。

 

 

  

2月14日(水)

 

  日当たりの悪い部屋の住んでいて、家の中からでは外の天気はまるっきり分からない。それでも晴れた日の午前11時頃から午後14時にかけては、さまざまな障害物の合間を縫って、少しだけ日光が届く。光のかたまりは、時間が進むにつれて窓の左上から、右下へと移動する。

 

  玄関を出ると、明るさに瞳孔がきゅうっと閉じるのがわかる。少し痛みをともなうそれをわたしはとても気に入っていて、だけど玄関を出るまでは そんな本能が自分に備わっていることなど1ミリも覚えていない。

 

  今日はバレンタインデーらしい。中高生の頃はお菓子を作って配ったりしていたけれど、アルバイトを始めてからは専門店のキラキラしたものを何種類か買って近しい人と分け合うようになった。今年は異例の試験期間の長さで、まだ休暇が始まっていないのでどうしようかと迷う。洞窟や城砦のような自宅を手に入れてから、毎日本当に静かに暮らしていて、専門店の人だかりまで足を伸ばす気にもならない。

 

  今日はいちにちかけて日本語とロシア語の慣用句を比較する論文を書かなければならないので大学の図書館に行く。日光浴としての登校。ぼーっとしているだけで目の前の景色が変わってくれるのはとてもありがたく贅沢なことだ。

  休暇の時期の大学図書館はとても居心地がいい。静かで、だけどパブリックで、何より本の匂いがする。参考文献の他にも気になる本を思うさま席に持ってきて、書くのに疲れたら読むのを繰り返す。今日は翻訳に関する本を読んだ。

 

  最近は大学院に行くことを考えていて、だけどただ単にモラトリアムを延長したいだけなのかも、とも思う(大学がモラトリアム期間なのかはまた全く別の話だ)。専門学校や留学や就職や費用や人生設計や親の年齢や学歴、くだらないけど大切なこと、陳腐でも真剣に考えなければならないこと。

 

  答えの出ないことなので、答えを出さないように気をつける。それにも疲れてしまって、夕飯の献立を考える。帰りにスーパーマーケットか100円ショップに寄って油処理の用具を買うのを忘れなければ唐揚げにしようとおもっていたけれど、食欲がないのでウインナーとか卵とかを焼いてスープを作って食べると思う。手抜きの食事はどうしても朝食めいてしまう。

        年始にかけられた母の呪いのせいか、ひとつきで6kg弱痩せてしまった。別にあと10kg痩せようがどうってことないんだけど、わたしの質量はどこへ消えたのだろうと不思議に思う。

 

        母親から、わたしが彼女の夢に出てきた旨のメッセージが届く。彼女のエネルギーはすごい。父もわたしも彼女にいろいろ吸いとられてしまって、その疲れをとるのに何年もかかってしまった。

 

  5月に東京に行くことになって浮き足立つ。長いと思っていた休暇の予定がどんどん埋まり、その先の予定も埋まってゆく。いまのところわたしが生きることが確定しているのは5月までだな、と確認する。定期券を1ヶ月ごとにしか買わなくなってからずいぶん刹那的になった気がする。でもそうやって確定未来をじわじわ伸ばしながら歳をとって死ぬのだ。

 

        バスの後ろの席でロシア人女性2人が自分たちの日本名を考えている。2人とも顔立ちはアジア系だけどきっとネイティブだ。美音と書いてミオンと呼んでもらいたいらしい。自分の名付け親にはなれないとおもっていたけど、どう名乗るのも自由なのだな。とはいえわたしは自分の名字も名前も漢字も由来もとても気に入っていて、それはとてもいみじいことだ。

 

        Galileo GalileiのGood Shoesを聴きながら、いまとってもひとりだ、と感じる。今日は人身事故が多かった。

 

近況報告によせて

 

        わたしには、たまにメールで近況報告をしあう男子高校生がいる。

 

        こちらからは送らないと決めている。彼から「先生どうしてますか。」とメールが来るたびに、どうしてるんだっけ と考えて、返事を書いて、送る。わたしが書く返事は長いときもあれば短いときもあるし、写真を添えることも 添えないことも、ときには彼がうちあけた悩みに対して物を言うこともある。それに対して、さらに彼は丁寧に返事をくれる。彼はすべての話題についてコメントをくれる。とても自然で思いやりのある語り口だと感じるけれど、わたしにはとてもできないことなので、だいたいやりとりはそれで終わる。

 

        この一往復半のやりとりは、しばらく放っておいた郵便受けを整理することに似ている。ガサーッと中身を取り出して、置いておくものと処分するものに仕分けて、置いておくものは身の中に取り込み、処分するもののことは忘れる。本当は少し前に届いていたものを、自らの手で受け取りなおして整理する。

 

 

        最近のわたしはといえば、新しいアルバイトをみつけたり、ぶりと大根のめちゃくちゃ旨いやつを作って感動したり、ヒィヒィ言いながらテスト勉強をしたり、その反動でスーパーで食材を買い込みすぎてしまったり、花を飾りはじめたり、食パンがとびでてくるタイプのトースターを買ったりして、そこそこ楽しく暮らしている。

        ひとりの部屋での独り言にはもう慣れたけれど、生活のBGMには困っている。珪藻土のバスマットと自転車が欲しいと思っていて、あたらしい自宅の郵便番号がいつまでも覚えられない。

        あと、ロシアで買った村上春樹の本の翻訳をへらへら始めているがそんな暇は全然ない。無様さの逆転と信用について考えていて、あたらしいコミュニティにはいりたくてボランティアに申し込んでみたりした。そこでは通訳の手伝いができそうなので少し楽しみ。

        最近の発見は、麦茶の入った水筒から麦茶を飲むときの匂いは幼稚園の匂いだということと、うどんスープに天かす(あげ玉)を浮かべて飲めばうどんを食べた気持ちになれるということ。

 

 

        いろいろな近況報告の形があると思うけれど、近況報告のいいところは、誰の近況報告でも聞いていて楽しいということだ。知り合いで、人となりがよくわかっている人の近況報告も楽しいし、初対面の人の近況報告も楽しい。最近あったことをどう受け取ってどう言葉にしてどう伝えてくれるのかで見えてくるものがあるし、自分の生活の外にある他人の生活にすごく興味がある。

 

 

        ブログを始めて1年が経ったけれど、さまざまな人の近況を知って、勝手に自分の近況を報告して、たまにまとまった文章も書けるこの媒体はすごくいいなあ、面白いなあ、と思う。書くのも大好きだけど、読むのも大好き。

 

 

        たぶん彼からの次のメールは2月14日過ぎだろう、と見当をつけていて、何を書こうかな、どう返事しようかな、と今から楽しみにしている。