移動祝祭日

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【お知らせ】生き延びるだけでは足りなく感じるわたしたち

 

        CINRAが主催する、自分らしく生きる女性たちを祝福するウェブマガジン・She is の公募作品としてわたしの文章が掲載されています。テーマは「お金と幸せの話」。苦しく長い話ですが、これを書くことができてよかったと思います。ぜひ読んでもらいたいです。よろしくお願いいたします。

 

 

 

        さて、実はこの記事のもとになる文章はまさに19歳の冬に書いてこのブログにしばらく掲載しており、あまりに折り合いがつかないことだったので2日ほどで公開を取りやめていた。いま思えば、文章ではなくて排泄したものを公開しているような後ろめたさがあったのかもしれない。

 

        She is の9月特集「お金と幸せの話」というテーマを見て、真っ先にこの出来事を思い出した。2年弱経ってもう一度その文章をひっぱりだしてみて、根幹となる出来事の捉え方や考えは少しも変わっていないこと、だけどわたし自身のスタンスが随分柔軟になったことがわかった。これならもう一度、排泄としてではなくひとつの文章として書くことができる、と思った。それで、さまざまを削ったり足したり手直ししたりして、原稿を送った。

 

        この記事が掲載されることになって、題材となった友人と電話で話した。彼女を題材にした文章を「書く」ところまでの自由はわたしにあるが、それが公開され、多くの人の目に触れるにあたって、わたしは彼女に対して誠実でありたかったし、彼女を「ネタ」として消費したいわけでは絶対にないことを、世界でたったひとり、彼女にだけはわかっていてほしかったから。

 

        彼女に電話をかけると、彼女は「何か重大なことがわたしの身に起こったのか」とすごく心配していて、可笑しくてあたたかくて涙が出そうだった。

        彼女は「なんだそんなことか」と言った。「おめでとう、よかったねえ、読むの緊張するな」とも。そういう率直さや思いやりにずいぶん救われて7年も8年も一緒にいるのだと思った。

 

        救いといえばもうひとつ、記事が公開されてから、ご自分の秘密をそっと打ち明けてくださるようなメッセージを思いがけずたくさんいただいた。

        「つらかったでしょう」というものもあれば「つらかったです」というものもあり、それらは時間をかけてわたしをじわじわと温める僥倖だった。

 

 

 

         お金と道徳と頭と心、ばらばらなようでぐちゃぐちゃで、だけどそれらなしには生きていかれなくて、どうにも折り合いがつかないでいる。
臆病なくせに欲張りなじぶんのことを、自分なりに気に入っていたはずなのに、急になんにもわからなくなってしまって、ちょっと途方に暮れています。

        2年前の冬に途方に暮れていた少女はもういない。21歳のわたしは未来の自分を信用しているから、つまり、21年間の自分の歴史を信用しているから、だからいま、張り切ってくよくよしている。

        くよくよの旗を立てたから、いつでも戻ってきて、また歩きだそうね、ねえ、わたしたち、そうしようね。

 

 

結果として

  終電を逃している。そんなはずではなかった。なぜなら明日はライブに出てベースを弾かなきゃならない。だけど逃した。だから帰れるところまで電車に乗って、歓楽街のサイゼリヤで、これを書いている。たぶん深夜ならではの、脈絡はないくせに妙に感傷的な、こっぱずかしい文章になるんだろう。

        元来、暇を持て余したり、時間を潰すことが好きだし得意だと思う。待ち合わせの遅刻だって自分がするよりされる方がいいし、長距離移動も大好きだ。ただし、わたしは暇な時間のやり過ごし方を、大体3種類しか持たない。文章を読むか、書くか、寝るか。そういうわけで、書いている。

 

  夏と大人について

  夏になると「暑いのはみんな一緒」「しんどいのはみんな一緒」という言葉を思い出す。わたしが小学生の頃はまだ運動会が9月に催されていて、暑いなか校庭や体育館でダンスの練習をさせられていた。みんながダレてくると先生が馬鹿の一つ覚えみたいに決まって口にするのが、冒頭の台詞だ。

  「だから何だというのだろう?みんな暑いからなに?みんなしんどいからどうしたの?」というのが当時からわたしが抱いていた感想で、つまり、ブチギレていたのである。わたしだけじゃなく、みんなが暑いと思っているならなおさら、みんなが快適になるようにすればいいじゃないか。みんながしんどいならなおさら、休憩した方が良くない?解決法がはっきりしてるのに、合理的な理由が何もないのに、全員で暑くてしんどい思いをする意味がわからない。

  「可愛げがない」というのは、それはもう本当にそうで、もしかして履歴書に書いといた方がいい?というくらい人から言われてきたし自分でも思っていることなのでこの際いいんだけれど、でも21歳になっても思い続けているんだから、これはもうわたしの「思想」ということになりませんでしょうか。「みんなで幸せになりたい」という思想。「少なくともわたしはわたしを幸せにしたい」という思想。

  大人になるのは怖い。怖かったし、今も怖いけれど、大人に近づくにつれてそういう時に自分の責任で「ヤンピ」できるというのは、最高に素敵なところだと思う。わたしは高校3年生の運動会の練習にも本番にも出なかったし(正しくは出られなかった)、今でもそれでよかったと思っている。

 

  文学ってすごい、という話

  文学ってすごい。現代文や小説や評論ではなくて、文学ってすごい。ここでの文学というのは「文学研究」という意味なのだけど、このすごさを感じられただけで、大学前期の授業料分あるんじゃないかと思う。

  前期に白樺派の思想についての講義を受けて、文字通り100年前の、西洋から様々な文化や思想が入ってきた頃の青年について学んだ。中でも武者小路実篤は「個人」すらなかった日本の社会に「個性」という思想を輸入して確立させた人だ。

  彼らが一生をかけて考えて考えて考えたことを、またまた長い時間をかけて研究者がまとめて、その成果を15回22時間の授業で受け取ることができる。なんということでしょう!

        過去を生きた人の思想を学ぶことは、時給のいいアルバイトをするのと同じで、人生によい。時給1800円のアルバイトをすれば働く時間が半分でいいように、彼らの思想に触れ、取捨選択し、それを基に考えることで、それを踏まえた新しいことを考えることができる。もっとも、思想に「新しい」もクソもねえよ、という感じもするし、文学に限った話ではないのだけど。

 

  もうひとつは「文学としての読書」について。本を読むことは大好きだけど現代文ってキライ、という学生だったわたしにとって、文学研究は不安な分野だった。とにかく自分が「文学」として物語を読むことに向いているのかを確かめる必要があった。

  結果から言うと、めちゃくちゃ面白かった。「文学としての読書」とはつまり「解釈すること」だ。ただし、逞しい想像力と明確な根拠を持って。 

  「読んで何思うかとか人それぞれやろがい」とか、「なんでこの答えがアカンのか訳がわからん」とか「作者がほんまにこのときそう思っとったっちゅう証拠はあるんか?お?」という、現代文に抱いていた最悪なイメージ及び不安は払拭された。

  まず、解釈において主役は「読み手」だ。作者がどう思っていたかは基本的には関係ない。文章の一番の理解者は作者ではなく読み手だとされている。

  読んで何を思うかはひとそれぞれ、これは本当にそうで、文学の解釈はそこから始まる。ありったけの想像力をつぎ込んで物語を読んで、ひっかかりを見つける。だからそもそも物語を物語として受け取れない・娯楽としての読書を楽しめない者に解釈はできない。そのひっかかりを基にして解釈を広げていくのだけど、ここでめちゃくちゃ重要なのが、明確な根拠だ。

  根拠がなければ、それは「感想」でしかない。これとこれを基にこう考える、それがあっちとつながるんじゃないか?あった、これを根拠にできる!!という作業の積み重ねが解釈だ。

  先生が提示する論のそれぞれに確固たる根拠があるし、自分の論もバシバシ突っ込まれる。ふにゃふにゃの屁理屈で懐柔されているようで嫌いだった現代文だけど、文学の解釈には確固たる筋が通っている。わたしは半年かけて夏目漱石の「三四郎」を読んで、16,000字の最終レポートを書いた。ほんとうに骨の折れる作業だったけれど、出来上がった解釈はわたしだけの解釈、わたしだけの読み方だった。

  長くなってしまったけれど、つまり文学研究及び解釈は、世界を拡げる作業なのだ。何かわからなかったことを明らかにして、それが直接人の役に立つ学問ではない。だけど「この時代を生きたたった一人のわたしがこういう風に読んだ」というのはこの現実世界や作品世界の捉え方や奥行きを増やす作業だと思う。

  文学、めちゃくちゃ面白いです!

 

  

  インプットとアウトプットの話。大人と話した記録。

  「もちろんこれは私の持論なんだけど、自分っていうのは相対的な存在だから、表現してその評価を得ることでしか自分の存在を定義できない、輪郭をはっきりさせることはできない」という話を聞いた。「自分はこういうことを考えてこういう表現をしてきた、という積み重ねと一貫性が信用になる、だからアウトプットが大事なんだ」「日本にぼんやりした人間が多いのはモノを作らないからだ」とも。その人は確かにその持論通りに行動して結果も出している人で、だからその言葉にはとても説得力があった。

  ただし、わたしは、人にはぼんやりする権利があると思う。ぼんやりした、外から見れば陳腐かもしれないその日常を、それでも大切にする権利はある。そして、その選択を断罪したり、あまつさえ嗤う権利は、我々にはない。

 

  「自分に文章を書く才能があるんじゃないかって、文系が一番陥りやすいんだよね、文章ってみんな読んだことあるし、日本語だし、ある程度書く練習は学校でさせられているし。ただ、もしそうなんだとしたら、やっぱりアウトプットが重要なんだよ、音楽家って年に100曲も200曲も作るでしょう、それは内から湧き上がってくるから。訓練したら誰にでも書ける文章じゃなくて、本当にその道のアーティストとしての自分が存在して自分の文章を持ってるなら、書いて書いて書いてるはずだし、そうしなきゃいけない。そうじゃないならただ『うっとり』を撫でまわしてるだけ、勿体なさすぎる」

 

  これはめちゃくちゃ効く言葉だった。もちろん、さっき書いたように「『うっとり』を撫でまわす」権利は誰にだってある。だけどわたしはそれだけでは嫌だ。

  わたしは「あなたの強みと弱みは?」と訊かれたら、迷わず「感受性が強いところ」だと答えるだろう。率直に言うと、わたしには人よりもより多くのことを、多くの方法で受け取る能力があると思う。映画を観ても本を読んでも音楽を聴いても、道を歩いていても買い物をしていてもバスに乗っていても、容易に感動や喜びや怒りや、その他いろいろなことを感じ取ってしまうし、すごい作品に触れると文字通り寝込んでしまう。これは性質の話で、その代わり、大きな物音とか強い光とか、機嫌の悪い人の近くにいないといけない場面とか、変な天気にとっても弱い。(こういう性質をHSPというらしい)

  何が言いたいかというと「わたしはマジで何も成し遂げていない!!!」ということで、わたしは自分の強みを「受け取ること」だと思っていたし、受け取ったことを言語化するのだって、少なくとも致命的に下手くそではないと思ってきた。

  だけど「自分の使命は『受け取ること』だ」と思って、今まで無視されてきた無名の人々による工芸品の美しさを受け取って、さらにスポットを当てて「民芸」を確立した柳宗悦だって、ちゃんとその受け取ったものをアウトプットしていたからエライわけで、外から見ればわたしは何も成し遂げていない、ただのお客さんで消費者でしかない。

  それは全然悪いことではないし、しつこいようだけどそもそも良いとか悪いとかを決める権利もわたしにはない。だけど今のわたしは、割と明確に、お客さんだけでは嫌だという気持ちを持っている。

        少なくとも自分にとってよい文章を書きたいと思っているし、人にそれを読んでもらいたいと思っている。書いて、良いにしても悪いにしても評価をもらいたいと思っている。つまり、このままじゃダメなんじゃないかということ。

  ただし、わたしは『うっとり』を撫でまわすのも大好きだ。これは忘れてはいけないことだと思う。評価を求めるあまり書きたくもないテーマで思ってもいないことを書くなんて御免だ。アフィリエイトブログとかコンテンツ切り売りなんてぞっとする。「ブロガー」になりたいわけじゃない。小説家やコラムニストになりたいわけでもない。(文筆家にはちょっとなりたいし翻訳家にはかなりなりたい。)

  『うっとり』の延長線上で何かをどうにかしたいし、どうやら簡単ではないけれどわたしさえやろうと思えばできそうだ。この辺の視界をクリアにしてくれる人の存在は本当に、本当の本当に大きい。

 

 

 

  もっともっと書きたいことはたくさん浮かんでいたんだけど、もうすぐ始発が出る頃なので、おしまいにします。帰ってお風呂はいって仮眠して練習したら久しぶりに人前で演奏する、とってもいいバンドを組んでいると思うので楽しみ。

 

 

 

 

8月14日

 

  みんなが終電で帰ってしまうというので見送りをしてから、家に入りづらくて、自分の家なのに可笑しい、と思いながら、ポケットに入れてあった煙草に火をつけて、立ったり座ったり、携帯電話を眺めたりやめたりしながらとにかく一本を灰にした。

        もう一本と思ったけれど、今度はなんだか大丈夫な気がしたので、オートロックを解除する。わたしと一緒におおきな平べったい蜘蛛がぞろぞろぞろ、と這入ってきて、お前には関係ないだろ、と思って、そうしているうちに家に帰る気持ちが出てきて、階段をのぼった。

        ここまできてしまえば、涼しい部屋が恋しいばかりだ。とうとう家に帰ってきて、玄関の靴箱の姿見に映る自分をみて、無様だな、いや、そこまででもない、と思った。一応笑ってみて、さっきまで間違いなく楽しかった、という言葉が浮かんだので、そう声に出した。

 

  彼らが残していったものものを眺める。幾つかの洗い物と、自分では絶対選ばないだろう炭酸飲料と、21歳のお祝いの、21個のプレゼント。漫画の本をもらったので、また煙草を吸いながら読む。

        これをくれた人がときどき貸してくれる本の匂いが好きだ。それがどんな匂いだったか不思議なことに全然思い出せないのだけど、とにかく、家の匂いがするのだ。

        特定の家というよりは「家」という字面そのものが持つ匂いがする。他人の家の匂い、しわくちゃの茶色の、たまにみどりがかった甘ったるい青の、薄いセロファンの、そんな匂い。

        だからその人がくれた本に煙草の匂いがつくのは残念だ。わたしの煙草は自分を傷つけるために仕方なく所持しているもので、だけど母だけは、自分と同じように娘が煙草を吸うようになるのはちょっと嬉しい、と言う。いつかわたしも自分の匂いの家をもつのかな。

 

  その漫画は団地に住む人々の物語で、いいな、と思うものもあれば、そうかな、と思うものもあった。そうかな、というのは、それって本当にいい話なのかな、ということで、だけどいろんな人が住む場所の物語なので、これでいいのだと思う。

  好きなものを好きな理由をきちんと言える少女や、小さなきっかけで好転するさまざま、突然見開きいっぱいに現れる高架の太い柱に涙ぐみながら最後まで読んで、泣きたかったので少し泣いた。

 

  ソファに右耳を強く押しあてて寝転んで、いろんなことを考える。

  言わなくてよかったことや言ってよかったこと、聞きたくなかったことや聞けてよかったこと、言えなかったことや聞けなかったこと、これからのことと今までのこと、さみしくてさみしくてさみしいこととか、だけどどうしても曲げられない自分のこと、見送るのと自分が帰るのどっちがいいのかということ。

  どれだけ先延ばしにしても別れは必ず来るので、それなら自分でコントロールできるうちに別れてしまいたい。

        だから今日は自分が帰りたかった。できれば誰にも何も言わず、いつの間にか。そういえば別れの時の涙の内訳ってなんなのだろう。取り返しのつかないものに対する恐怖みたいなものがある気がする。わからないけど。

 

  考えていることや呼吸のリズムに合わせて聞こえる鼓動の早さが変わる。めちゃくちゃ生きてるなあ。

  だけどまあとにかく、どうやら概ねうまく喋れるようにはなってきており、それはよいこととは限らないにしても、悪いばかりではない、はずだ。というのを結論にして、寝よう。

        あの団地の一軒一軒に並ぶ本の匂いをかげるような夢がいいなあ、ぜんぶの家の孫になりたい。

 

 

女湯のこと

 

        19歳のとき「20歳になったらめちゃくちゃいい財布を買うかピアスの穴のひとつやふたつ開けるか小さいタトゥーを入れよう」と思っていて、だけど結局そのどれもしなかった。

 

        銭湯がとっても好きだ。ひとり暮らしの家で湯船にお湯をはって処理をして掃除をして、みたいなのが面倒だというのもあるけれど、なにより、広いお風呂の開放感はほかの何にも代えがたい。

 

        わたしが銭湯にいくのは大抵父親と焼き鳥を食べた帰りで、じゃあ1時間後に、と約束して女湯と男湯にわかれる。岩盤浴や塩サウナやジェットバスをひととおりまわって、露天風呂にでる。火照った身体に風が気持ちいい。自分の身体からぶわぶわ湯気がたちのぼるのをおもしろく眺める。最初は勢いよく、次第にへなへなになる湯気、おっぱいから冷たくなっていく身体。わたしの中身がぜんぶ湯気になってひらひらの皮膚だけが残るのを想像する。お湯の表面を走った風が水分を孕んで渦をつくりながら湯気にかわる様子に何度でも驚く。

 

 

        開放感は解放感でもある。眼鏡を外して服を脱ぐと、現世から浮いた感じがする。わたしは目が悪いので、誰のこともはっきり見えないし、だから見られている感覚もない。ただ肌色の生命体がお風呂場を行き交っている。メイクやおしゃれやTPOや、社会で真っ当にいきていくための武装ぜんぶを取り払って、ただの肉体として外の空気にあたると、地球上に存在してきたいろいろな生態系のうちのひとつ、というような気がしてくるのだ。携帯電話を持ち込むことも当然できないから、考え事をする。小さく歌を唄ったりもする。「脳みそがあってよかった電源がなくても好きな曲を流せる」という短歌があるけれど、自分の脳みそにきちんと入っている曲はそう多くない。大切に唄う。身体も気持ちも裸で、どこか無垢にぽかんとしている。自分のことだけ考える。

 

 

        お風呂を上がったあと、脱衣所の鏡の前のカウンターに横並びに座ってみんなが髪の毛を乾かしているのを眺めるのもいい。湯上がりには各々の流儀があるからだ。はだかんぼうでまずは何が何でも顔の水分をどうにかする人、ブラッシングに余念がない人、子供の世話にてんてこ舞いの人、服を着る順番、体重計、靴下の枚数、瓶の牛乳、もってきた白湯。

 

        ひろいお風呂での入浴が開放/解放ならば、これは助走だ。それぞれが1日の終わりに癒され、そして明日に向かうための下ごしらえ。肌色の生命体から社会的な動物に戻るための準備、その切り替え、その流儀、各々の生活、そういうものがとっても心強い。

 

        父は長風呂だ。5回銭湯に行ったら3回くらいはわたしのほうが早い。男湯ではどんなことが繰り広げられているのだろう。一生知ることのない世界のことが眩しくもあり、彼が一生知ることのない女湯について誇らしくもある。

 

 

        父は牛乳、わたしはコーヒー牛乳を飲んで、体から湯気を出しながら歩いて帰る。

        20歳になって1年が経とうとしているけど、これからもしばらくはタトゥーは入れないだろうな、と思う。わたしにはまだ女湯の魔力が必要だ。

 

 

(途中にひかせてもらった短歌は岡野大嗣さんの「サイレンと犀」という歌集に収録されています。)

 

地震のこと、

 

        日本に住んでいる限り地震というのは常について回るもので、そんなことはわかりきっていると思っていたけど実際は全然わかっていなかった。

 

        地震が起きたときわたしは人をダメにするソファでダメになっている最中で、揺れてるときのことはあんまり思い出したくない。とにかく震源が近くてめちゃくちゃに揺れて、食器も何枚か割れてその音ですくみあがってしまって、そのときの強張りがいまだに解けないでいる。揺れが収まってからすぐ震える手で父親に電話した。あんまり揺れなかった地域にいた彼はいつも通りの調子で、安心するような拍子抜けするようなそんな感じだった。

 

        わたしの家にはテレビがないのでラジオアプリをインストールして、あとはTwitterを眺めていた。母からもすぐ連絡があり、食器を下ろしておくことやお風呂に水を溜めること、靴下を履くことを指示してくれた。

 

        Twitterでは大学が休みになるかどうかとか、電車に閉じ込められた話とか、混乱に乗じたネタツイとかで阿鼻叫喚だった。わたしは20歳にもなって文字通り泣きべそをかいて、しゃくりあげて部屋中をうろうろしていた。しばらくしてすこし落ち着いて、家に何にもないことに気づいて、コンビニに行った。

 

        混乱している自分も、本気でつぎの大きい揺れを怖がっている自分も恥ずかしかった。恥ずかしがる必要なんてない、電車も何もかも全部止まって、ひとりぼっちで、自分を守るのは自分しかいないんだから、情報を集めて色々用意するのは全然恥ずかしいことじゃない。だけど、普通の顔で働く店員さんとか、普通の顔でサンドウィッチとコーヒーだけを買うサラリーマンとかを見て、カゴいっぱいにお茶とかウエットティッシュとか缶詰とかカップラーメンとかを入れている自分が恥ずかしかった。

 

        そしたら子供連れが2組ぐらい店に入ってきて、お母さんと子供達で協力して水や食べ物をテキパキ選んでカゴに入れていて、お母さんがめちゃくちゃ凛々しくて、それですごく安心した。これでいいんだ、そうだよな、全然間違っていないよな、ああ、お母さんだ、と思った。

 

        今日は本当はわたしの家で友人とクレープを焼く約束をしていて、でもその友人から「今日は無理そうだね、わたしたちもいま非常食とか確保してるところ、ドアはしばらく開けといたほうがいいかも、1人で不安なら電話かけてきてね」というLINEがきて、すこし落ち着いた。彼女はわたしより震源に近いところに住んでいる人で、わたしと同じものを体験して同じように怖がっている人がいるんだということにすごく救われた感じがした。

 

        なんというか、わたしはあの揺れですごく根源的な恐怖を感じて、だから今日の授業がぜんぶ休講になって「ラッキー🤞🏻」みたいな余裕はほんとうになくて、でもTwitterとかを見てると、みんな着々と今朝の出来事をネタとして消費し始めていて、地震の影響がなかった地域は当然いつも通りの生活で、やっぱり恥ずかしい気持ちと、うそでしょ、という怒りのような気持ちでいっぱいだった。

 

 

        はじめてほんとうに当事者になったんだ、と思った。わたしは全然わかっていなかった。どれだけ怖いかも、どれだかわかってもらえないのかも。

 

 

        通っていた中学校の自分の教室の自分の席で、国語の時間の終わりにノートに消しゴムをかけようと力を入れ、前のめりになった瞬間に視界がくらくらっと揺れた。まばたきをして、視界がもう揺れていないことを確認して「いま目眩した」と何とはなしにつぶやくと「わたしも」「エッわたしも」という声が返ってきた。なんなんだろうね〜という空気のままに授業が終わって、掃除をして、お手洗いに行って、教室に戻ってくると、備え付けのテレビがついていた。みんなリュックを背負ったままテレビにかじりついていて、テレビでは、ぐしゃぐしゃのかたまりがびしゃびしゃになっていく映像と、その右上に『東北地方で地震 M○』みたいな文字がでていて、地震かあ、どおりで、と思った。

 

        それがわたしのあの日の全てだ。一瞬の目眩のようなもの、すぐに完結するもの、他人の領域のもの。

 

        そういうものなのだ、電気もつくしガスも使えるし水道もでる、食料も水も生活用品も備えた、それでもこんなに怖い、これだけ備えているつもりでも怖い、そもそも備えていることを恥ずかしいと思ってしまう、まだひとごとだと思っているから。

 

 

        非常用の鞄を作ろうと思ってコンビニで買ったものや歯ブラシやサランラップや石鹸や毛布を詰めている間、ずっと「備えたくない、備えたくない」と思っていた。備えなくても安心したい。大丈夫なことを誰か証明してほしい。

 

        チューターをしているフランス人の女の子のことを思い出して、LINEをして「何か不安なことがあったらいつでもなんでも言ってね」と言った。最近通っている英会話グループのメンバーに英語で読めるNHKのニュースサイトのURLを送った。ひとりはイギリスから来た家族と一緒に九州にいるみたいで、逆に心配してくれた。楽しい時間に水を差して悪かったな。強調の大文字の優しさを実感した(The question is are YOU alright?)。もうひとりには「1週間は気をつけてね、怖がりすぎないで、ちゃんと準備をしていれば大丈夫だよ」と言った、言って、自分が言われた気持ちになって、それでいて、ほんとかなあ、と思った。

 

        今はファミリーレストランでこれを書いている。人がたくさんいて、大きい揺れが来てもなんとなく大丈夫そうで、なにより美味しいご飯が食べられる。落ち着こうと思って持って来た本はすでに読み終わった上巻でウーワーという感じ、だけど、知っている物語を読むというのは思いの外おちつくことだった。

 

        こういうときにひとりぼっちはほんとうに心細い。歩いていく家族とかカップルや友人づれがほんとうに羨ましかった。誰かに自分のことを丸ごと委託してしまいたい。

 

        だけどまあとにかくわたしは生きていて生きようとしている、そしてそれは全然恥ずかしくなんかない、ひとまずそう言い聞かせて、ちゃんと眠れたらいいなあ、と思う。

 

 

        

 

5月22日

 

        朝起きたらベーコンを4枚、規則正しく並べて焼く。ベーコンチーズトーストを作るのだ。焼きはじめたところでポップアップトースターに食パンをセットし、ベーコンを裏返したらその上にチーズをのせる。チーズがとけた頃にパンが焼けるのでバターを手早く塗って、ベーコンとチーズをのせる。

        これが毎朝の朝食で、食パンは冷凍してある。ここ3日間、スーパーの特売で買ったみっつ入りの安いプリンを食べないとなあと思いつつ、パンを食べ終わった頃には忘れている。

 

        身支度を済ませて学校にいく。天気は良かったが気分はそうでもなかった。2限目を受けながら窓の外を見ると、キャンパスの中心に立つ世界樹と呼ばれるおおきな木が揺れている。

        世界樹はとても大きいのでかなり離れないと全体が見えない。2限の窓から見えるのは後頭部だけだった。後頭部の、左耳の後ろのあたり。風に吹かれた世界樹は枝の先から順番に震え、最後にはおおきな波のように揺れる。外が晴れなのはわかっているのに、大雨の音がするので変な気分である。せわしない音に対して波のうごきは泰然としていて、そのまわりだけ時間の流れ方がおかしい。

 

 

        昼休みの前にとても嫌なことが起こる。激昂というよりは鈍く腫れ上がったような怒りでいっぱいになってしまって、たいへん苦しかった。すぐさま文章におこしてみたけれど、少し言い訳がましいと思ったので消した。

        いつもなら言いきってしまえばすっきりするのに、今回はじんじんする。わかりあえなさを突きつけられるのはとても痛いことだ。

 

 

        学校の帰りに古本屋で2時間かけて本棚をすみずみまで検分し、思うさま本を買った。フランス語の辞書が200円で売っていて、とても慰められた。200円で手元に置ける人類の叡智。

 

 

        家に帰って、1日に40本たばこを吸う人間の物語を読みながらたばこを吸った。今日はなぜだかうまく吸えない。たばこを吸うことは深く息をすることだなと思う。たばこにまつわる感傷的な言説は無数にあって、陳腐だとは思う一方どれもきちんとわかる気がする。

 

        わたしはたばこを吸いたいというよりは、煙を口から出したいのだと気づく。怪獣がそうするみたいに。ぼんやり吸っていると頭が重くなってくる。頭が重くなるのか首が仕事をやめるのかわからないけれど、体感ではなく物理の、数字通りの重さに戻る感じがする。

 

        そのうち吐き気がしてくるのでうがいをする、わたしは水道水を口に入れることができない。煮沸するか浄水しないとなんとなく気分が悪いのだ。このまえ駅前で怪しげな宗教団体の話を30分聞いたけれど、なんの理由もないのに水道水を受け付けないことのほうがよっぽど宗教めいている。

 

        ソファに沈み込んで目を瞑る。いい加減ライターと灰皿を買おうかな、しかし、わたしはたばこを吸う自分のことをあんまり認めていないので、できればほしくない。のっぴきならない理由で、しかたなく、コンロの火を汲んでベランダの床に押しつける、そういう言い訳が必要なのだ。

 

        うまく傷つけなかった、と思う。あまりに気持ちがしんどいとき、体を痛めつけるとすこし救われる気がする。だからわたしはたばこを吸うのだけど、それは別段たばこでなくてもいい。そのうち手首を切るようになる気もする、こんな思考停止の仕方を覚えてしまって、どうするつもり、どうなるんだろう。

 

 

        父親が本を読む姿を思い出す。太くてがさがさの指のなかの文庫本はとても小さく見える。浅黒く日焼けして筋肉のある彼に文庫本は全然似合わない。彼が背中を丸めて本を読む姿は、腕に大切な赤ちゃんを抱いているようにも見える。

        彼が本のページをめくる音が好きだ。がさがさの手で、思い切りよく、でも薄い紙を傷つけないように。べらりっ、べらっ、べろりっ。その拍子に紙から文字が浮き上がって、目や、鼻や、耳に吸い込まれていく。

 

        この人の血をひいているのだ、と思う。

それはとても安らかなことだった。

おもちゃの車

  映画や小説のネタバレを嫌がるひとはたくさんいるけれど、音楽のライブはそうではない。もちろんセットリストを事前に知ってしまうのが嫌という人はいるだろうが、自分が知っている曲を演奏してほしくないと思うひとはあまりいないと思う。

  どんな歌詞でどんなメロディでどんな構成か。これから見せられるものの正体がすでにわかっているもののために、どうしてわれわれは、わざわざ新しくお金を払って時間に都合をつけて、ときには長い距離を移動して、音楽ライブに行くのだろう。

 

 

  「大人になったいま、この愛する ”おもちゃの車” から降りることにしました」と言って、Galileo Galileiは活動を終えた。彼らはすごく早咲きのバンドだった。早咲きというのは変な日本語だけれど、早熟だったのではないと、わたしは思う。彼らが熟すのはもっとずっと後で、今ですらなくて、もしかしたらそういうことも、彼らがおもちゃの車を降りた理由の一つかもしれない。彼らの音楽は、決してキャッチーなものばかりではなく、ときには難しかった。だからたくさん聴いたし、その度に少しずつ、わたしの体になじんでいった。ライブにも何度か行った。髪の毛を逆立てながら、鳥肌を立てながら、息をのみながらその空間にいた。とても大切な時間だった。わたしは、おもちゃの車を心から愛していた。

 

  2年経って、その彼らが、Galileo Galileiとほとんど同じメンバーで新しいバンドを始めるという。わたしは(正確に言うとわたしたちは)、Galileo Galileiというバンドへの信頼だけで、まだ1曲も発表していない生まれたてのバンドのライブのチケットを申し込み、学校をサボタージュすることを決意し、東京への航空券をとった。

 

  Galileo時代の曲をやるかもしれないという期待は当然あった。ライブ当日の時点で、彼らはまだ2曲しか発表していなかったからだ。その2曲が素晴らしいのは当然のこととして、開演前には戯れに「何してほしい?」「SIRENとkiteと鳥と鳥!」みたいな会話もしていた。

 

  そんな会話をしたことを恥じ入ってしまうようなライブだった。1時間とすこしの、本当に短い公演だったけれど、すごい体験をしたと思った。

 

  1曲目で彼らは「君の好きな曲はやらない、彼らははやらないよ」と歌った。ライブは、当日までに発表されていた2曲以外、全部が新曲だった。知らない曲ばかりのライブなんて初めてで、わたしは自分でもうろたえてしまうほど戸惑った。率直に言うと、楽しくない、入り込めない、しんどい、なぜなら曲の像をつかむのに必死だから。彼らは「はじめまして」と言った。初めて出会ったのだ。

 

  どうしてわれわれはライブに行くのか。一体感を楽しむため、踊るため、憧れの人と会うため、大きな音を聞くため、いろいろな理由や目的があると思うけれど、わたしは、受け取り直すためだと思っている。わたしにとって音楽を聴くことは孤独で、それは軽音楽部に入ってもバンドを組んでも変わらない。だけどその孤独を、ごく近しい信頼できる相手と分け合ったり交換することはできる。その最たるものがライブで、わたしは、丹念に自分の体になじませて作り上げた像を、ほんものの彼らや、彼らを愛する人々と一緒になぞり、その摩擦で生まれるあたらしい閃光を受けとるために、ライブに行くのだと思う。

 

  そういう類のものが全部くつがえされるようなライブだった。彼らと音楽をなぞることはできなかった、そうさせてくれなかった、絶対にわざとだとおもう。わたしにできたのは、彼らが提示する「これこそが自分たちの新しいバンド、Bird Bear Hare and Fish なのだ」という姿を必死に追いかけることだった。

 

        彼らのもっている曲では公演時間は1時間とすこし、これはワンマンライブの公演時間の相場と比べれば半分にも満たないくらいで、体感としても事実としてもほんとうにかなり短い。ざわめきと2度のアンコールにもかかわらず、彼らは絶対にGalileo Galileiの曲を演奏しなかった。

        まずはアルバムを出して、バンドを気に入った人の前で演奏するのが一般的だし、演奏する側から考えてもその方が幾分やり易いだろうと思うのだけど(事実として、数人がライブの途中で会場から出て行った)、彼らはそうしなかった。初期衝動や確固たる自分たちを過不足なく提示する。そういうあべこべのライブをやろうとして本当にやってのけた彼らは、音楽と向き合ってきた矜持と自信に満ちていて、とても勇敢で、めちゃくちゃにかっこよかった。そしてそれは、おそらくGalileo Galileiとの決別でもあった。

 

        「次の火」という曲で、会場の前方にひとりだけ力強くこぶしを突き上げる人がいて、わたしにはその気持ちが痛いほどわかった、これがライブにくる意味だと思った。顔も知らない誰か、向こうだってわたしの存在すら知らないだろうけど、間違いなくわたしは彼と何かを共有していたし、その瞬間わたしは彼とたったふたりで音楽を聴いていたんだとおもう。

 

 

        これから幾枚かアルバムが出るだろう。そしてもちろん、そのなかには今回のライブで演奏された曲がはいっているはずだ。どんなアレンジがされて最終形がどうなるか今は知るよしもないけれど、それらを受け取りなおすのがほんとうに楽しみだし、その最初の形を目撃できたのはほんとうに幸運だった。

 

        「次の火」は決意の歌であり、応援歌であり、深海に潜って火山の噴火を見るような、雄大で苛烈で孤独で力強い物語だ。彼らはおもちゃの車を降り、わたしはその彼らについていくことに決めた。それは、彼らならどこまでも連れて行ってくれると言う信頼でもある。深海にだって火山にだって、森にだってけんかの次の朝にだってさみしい島にだって、嵐の真っ只中にもついていこう。

 

 

        さあ火をつけろ、世界に嘘をつくな。勝ち目のない取引をしよう、最初はろうそくの火だった