移動祝祭日

勘弁してくれ.com

5月18日

 

  久しぶりに文章を書くようだが実はそうでもない。下書きは溜まっていくばかりで、3行くらい書いては目の前の毛糸がぐしゃぐしゃに絡まって、まあいいか、となってしまうのを15回くらい繰り返していた。あらゆる文化的なエネルギーが失われて、映画を見るのも音楽を聴くのも文章を読むのも書くのも苦痛にだった。自分にそんな日が来るなんて、中学生の頃のわたしが聞いたらきっとびっくりして「それって生きてる意味あるん?」みたいなことを、優しくオブラートに包んで、だけどきっぱりと言うだろう。

 

  とにかく、現在のわたしは音楽を聴けるようになるところから始まり、どうにか回復することができつつあると思う。それで今ようやく腰を据えて、とりあえず日記でも書くかという気持ちになっている。

 

  最近はひとり暮らしの部屋を留守にして父の家や母の家に居候している。年末から3月くらいにかけてひどく心身のバランスを崩したのがきっかけだけれど、何だかそれがトラウマになって自分の家に帰れなくなってしまった。4月から大学を休学しているので、することがない日は文字通り一日中眠っている。母親の言葉の節々から、彼女はわたしの休学を理解も納得もしていないんだな、と気づく。別に母に理解や納得をしてもらわなくても、(悲しいことに)困ることはないので別に気にしていないけれど、友人と文通をしていて彼からの手紙が自分の家に届いているはずなのとベースを置きっぱなしなのは気にかかる。明々後日くらいには取りに行こうかな。

 

  今日は昼から京都に行ってピクニックをして、それから知り合いの人が主催するライブを見に行くつもりだった。ちゃんと午前中に起きてお化粧もして家を出たのに、息苦しくて途中の駅で降りてしまった。最近本当にこういうことがよくある。献血をして、2時間カラオケに行って、ぶらぶら時間を潰している。

 

  結構驚かれるのだけど、わたしは注射器を刺されるときにそこを凝視する。これは何だかさまざまを示唆しているなと思っていて、つまり、わたしは物事の経過をちゃんと自分の目で見ないと気が済まないのだ。

  わたしの血管は見つけにくいらしく、看護師さんが腕を擦ってくれたり、カイロで温めてくれたりする。人助けに行っているはずなのに帰って人の手を煩わせて、何だか申し訳ない気持ちになった。

 

  カラオケは思ったよりわたしを解放しなかった。女性専用のパーティルームのようなところに通されて、この世で一番わたしに似合わない部屋、と思った。カラオケからの帰り、大声でクリームパンの販促をしている人の横を通り過ぎて、何だか自分がとてもひどいことをしているような気分だった。

 

  気が向いて入った喫煙室でおじいさんに「ここは女性専用ですか?」と聞かれ、そんなわけありませんよ、などと返事をしていたらいつの間にかおじいさんの身の上話を聞いていた。彼は新潟から仕事で来ていて、87歳で、会社を10個も経営している実業家で、子供が7人、孫が28人いる。ひ孫も合わせて53人が新潟の一つの家で暮らしているらしい。若いときにくも膜下出血になった彼は、健康が一番大事ですよ、とひとしきり熱弁したあと「こんな馬鹿な話を、すみません」と言ってはにかんで去って行った。

 

  なぜだかこういうことはよくある。お年を召した方が多いけれど、彼らはわたしに吸い寄せられるようにやってきて、ひとしきり言いたいことを言って去っていく。生い立ちや、ポリシーや、愚痴や、いろいろ。不愉快な時は態度で表明するけれど、たいていはいろんな人の人生を垣間見れて役得なので気持ちよく聞いている。道もよく聞かれるし宗教にもよく勧誘される。

  しかし、たまにゴミ箱みたいな気分になる。別にゴミを投げつけられているわけでもないのだけど、わたしじゃなくてもいいんだろうなあ、という感じ。話しかけられやすいというのはある意味いいところだけれど、それに必要以上の意味を持たせないようにしたい。自分のために。

 

  夏に1ヶ月半ほどデンマークに行くことになっており、現地で合流する人たちと初めてコンタクトを取った。気さくな感じでちょっと安心。1ヶ月の滞在のあとは2週間ひとりで北欧周辺を回るつもりなので最近はそのことばかり考えている。怖気付いて、ワクワクして、でも怖くての繰り返し。何も決めずに行ってしまうのもアリかなあ、とちょっと投げやりになっている。

 

  今日久しぶりに自分の昔の記事を読んで、それらをとても眩しく思った。こんな垂れ流しではなく、ちゃんと自分のための文章を書いている。それは本当に体力のいることだけど、わたしには絶対に必要なことだ。毎日更新するなんてとても言えないけれど、わたしがわたしとしてよりよく生きるために、そろそろ再開する頃合いなのかなと感じている。

 

  今日はこれから馴染みの焼き鳥屋さんで妹と父と合流して、友人に韓国語を教えてもらう予定。1日の最後が愉快だと生きてる感じがするので、そうなるといいな。