移動祝祭日

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ひっこす

 

  もうじき引っ越すことになっており、目下荷作りに励んでいる。人生で4回目の引っ越しだ。最初の3回を経てもなお、こんなに物があることに驚いているし、その一方で差し迫って必要なものがあまりに少ないことにも同じように驚く。だけどそういうものたちをどうして捨てられなかったのかをしっかり覚えているだけに、改めて手放すのはすごく難しい。

 

  一人暮らしをする。今は父親とふたりで暮らしていて、つまり、初めての一人暮らしだ。率直に言うと少しこわい。だけどかなり楽しみにもしている。荷造りは気が重いけれど、旅に出るようなものだと思うことにした。とりあえず当面生き延びるために必要なものだけを持って出かけて、あとは適宜現地で調達すればよい。帰りたくなったら帰れる場所も、一応ある。今までわたしの手元に残ってきた荷物の中から何がほんとうに必要かを見定めることは、つまり今までの20年間の生活を見つめ直すことでもあって、骨が折れることだけれど、しっかりやりとげられればそれだけ身軽になれるだろう。

 

  必要なもの、それがなくては生きていかれないもの、これからのわたしに相応しいものを自分の手でひとつずつ選ぶのは、自分で言っていて恥ずかしいようだけど、どこか祈りに似ている。

 

 

  江國香織の「神様のボート」という小説の

物は、持つよりも捨てる方がずっと楽だ。

(中略)

たしかに、何かを所有することで、ひとは 一つずつ地上に縛り付けられる。

という一節を急に思い出した。5年くらい前に一度読んだきりなのに、この一節と「あたしが発生した時、ママとパパは船に乗っていた」みたいなシーンは鮮明に覚えている。自分が発生した時の話をわたしは知りたいだろうか。神様みたいな人がこっそり教えてくれるなら知りたいかもしれない。本人たちからは死んでも聞きたくないな。わは

 

  とにかく身軽になりたくて、そうやってしきりに身軽になりたがっているのはたぶん疲れているんだろうな。最近のわたしは少しくよくよしている。だけど、自分の生活をイチから組み立ててゆくのが楽しみで仕方ない。

 

  なるべく物を少なくして、かわいくて変な色の椅子をおいて、くたくたでくよくよのわたしのために、居心地のいい城をこさえてあげよう。そしたらみなさんを招待するので、おいしいものと一緒に、よろしくお願いいたします。