移動祝祭日

勘弁してくれ.com

いじわる

 

        意地悪をしてしまった。その結果、心の底から途方に暮れてしまっている。

 

        今日の5限は休講だった。いつもより早く最寄の地下鉄の駅に着いて、地上への階段をのぼる。のぼりきったところに、慈善団体の街頭勧誘のユニフォームを着た青年たちが立って、チラシを頒布している。あまり受け取ってはもらえていないようだった。

        なんとなくその中の1人と目が合って、なんとなくチラシを受け取ることにして、差し出された手の方向に 手を差し出す。けれど、チラシはもらえない。彼はそそくさと脇に抱えていたバインダーをわたしに見せ、開口一番「今、アフリカでは1秒に5人もの子供が、死ななくてもいい病気で死んでるんです!!」と言った。はあ、なるほど、と話を聞く。死ななくてもいい病気とは、と思ったけれど、たぶん適切な治療さえ受けられればなんてことないはずの病気、ということなのだろう。

        そんなことを考えていると、彼はじれったそうにわたしの目を覗き込んできた。「今、月々一定額を銀行から引落とさせていただくことで、例えば月2000円だと、○○人分のワクチンが、3000円だと○○人分の**が買えるっていう、素晴らしいプランがあるんです!!!」

        青年は、勢いはあるけれどあんまり喋り慣れていない様子で、だけど一生懸命で、そのぶんだけ空虚で、輝いていて、怖かった。

        「お兄さんはどのプランをやってるんですか?」と尋ねた。なぜかそうせずにはいられなかった。彼は、少しの動揺のあと「僕はやってないんですけど……」と答えて話を続けようとする。「なんでやらないんですか?」ともう一度尋ねる。こんどこそ彼はうろたえてしまって、先輩らしきひとに助けを求める。「なんで僕はやらないんですかって言われたんですけど……」

        すかさず先輩のほうは「僕はやってるんですけど」とフォローに入る。「彼は新人で、一生懸命なのはわかってもらえたと思うんですけど」諤々。

        けれどそこから先の話は全然入ってこなかった。わたしは、なぜか、ほんとうに傷ついてしまった。ものすごいショックを受けて、ほとんど泣き出しそうになりながら身のない相槌をうつ。

        やっとのことで「何か持って帰れる資料をもらえますか?」と尋ねたけれど、一回持って帰られてしまうと落ち着いてしまって契約にたどり着く人が少ない という理由で「少しでも興味があるなら是非この場で」と強い口調で迫られてしまった。わたしはくいさがった。なんとかぺらぺらの冊子をもらって、がんばってください、と言って、彼らの元を去った。

        わたしが意地悪をした新人の彼は、脱帽して、腰を直角に曲げて誠実に頭を下げた。

 

 

        わたしがなぜ傷ついたのかというと、自分には道徳心や同情心や想像力や他人を思いやる心なんてこれっぽっちもなくて、自分のことが一番大事なただの間抜けだということを、丸腰のときに突然突きつけられてしまったからだ。

        その気がないならきっぱり断ってしまえばいいのに「その気がない」と思われるのが嫌だった。こういう類の寄付を断るというのは人道的でないし、恥ずかしいことだと思った。外面が大事だった。だからわたしは「そういうのいいんで」も「待ち合わせがあるんで すみません」も言えなかった。

 

        わたしがなぜ意地悪をしたのかというと、そういう自分の存在を認めるのが怖くなって、動揺したからだ。自分が攻撃される前に攻撃してしまおうと思ったのかもしれない。最悪だ。

 

        そしてわたしは怒っている。「なんでお兄さんはやらないんですか?」という問いに、自分の言葉で答えられなかった彼に対して。

        わたしは試された。どこに雇われているどういう者なのかという自己紹介もないまま、慈善慈善慈善、突然とおくの土地のとおくの人々の話をされて、この場で月々いくら 彼らに送金する契約をしてくださいと言われた。正直なところ、怖かった。真っ先に詐欺かもしれない、と思ったし、彼らの強引さや、そのお金の使い道の内訳がよくわからないことも怖かった。そしてなにより、自分がろくでもない人間であるということを突きつけられるのも怖かった。

        それに比べて、なんでこいつはこんなに軽いんだ、と思ってしまった。丸腰のわたしを、慈善を盾にゆさぶって丸裸にしておいて、選択の場に立ったこともない、選択しない、選択しないことを疑問にも思わない、それでそんな朗らかに、自分は100%正しいことをしていますみたいな顔ができるのかよ、と思った。苦しんだあとの彼の話なら、ちゃんと目を見て聞けたかもしれないのに。

 

        その団体の活動の方針ややり方やシステムに文句があるわけではない。行動に移している人がいちばん偉い。だから、そういう活動をしてる時間にアルバイトをしてそのお金を送ったほうがいいんじゃないの?とか、インターネットで検索した結果、そのプランで得られたお金の20%はよくわからないところに流れているらしいことなんて、どうでもいい。

 

        ただ、わたしが憧れていた小説の中の彼なら、きっと「いいじゃねえかよ、騙されてたって騙されてなくたって関係ねえよ、手をこまねいていられるのかよ」と言って、スッと契約をして帰ってきたはずだ。

        そういう軽やかで肝の座った、熱く、ひろい人間になりたかったのに。わたしならなれると信じていたのに。

        つまらない人間になってしまったようで、いや、面白い人間だったこともないんだけど、とにかく、今日いちばん最悪だったのは、彼らと別れる時に取ってつけたように言ってしまった「がんばってください」だ。あんなこと言わなければよかった。あんなことを言うぐらいなら契約して帰ってくればよかった。ほんとうのほんとうに最悪だ。

 

        なんだか、ほんとうに、すごくみじめだ。みじめだけど、みじめな思いをして、それを言葉にして、ちゃんとくよくよするしか幾らかましになる方法はないのかな。あまりにもままならない。