移動祝祭日

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透明の夏

      カーテンは開け放して寝ることにしている。目覚まし時計はセットしない。自らの脆弱な自律神経を叩きなおすためである。ほんとうはそこまでマッチョな理由ではないのだけど、太陽の光を浴びて目覚めるのは、直接脳を揺さぶるけたたましいアラームで起こされるよりずっと気持ちがいい。あとバイブレーションがベッドのスプリングから体に伝わってくるのが気持ち悪い。ゆるく冷房をかけて、ねこ用には小さい卓上の扇風機をまわして、ベイプのスイッチを入れて、毛布をかむって眠る。

 

      目がひらいてから、自分を取り戻すまでに時間がかかるときがある。自分が何者で、どういう人間で、いまどこにいて、なにをしなければならないのか、その日の予定、だんどり、食べようと思っていた朝食  みたいなものを全部忘れてしまっていて、それを取り戻すまでは ぼうっと  目を開けているだけの、容れ物でいる。死んでいたのかもしれない、とすら思う。よみがえりの儀式。

 

      そういう始まり方をした日は、一日中なんだか変な感じがする。ちょっと浮いているのだ。歩いていても、電車に乗っていても、講義を受けていても、アルバイトをしていても、食事をしていても、なんだかすごく無垢な気持ちで、ぽかん としていて、頭も心も消費しない。何もかもが自分を通過するように感じる。腹も立たないし悲しくもならない。ああ、と思う。透明になったんだ。

 

      いっとき、眠る ということは大仕事だった。部屋を暗くしてじっと目を閉じるけれど、何者かが後頭部の方で意識をつかんで手放さない。すると頭の前の方がむずがってざわざわしはじめる。眠らないと、明日もやることが山積している。眠らないと、しんどい思いをするのは自分だ。不安な気持ちになって、考えごとが煮詰まって、息が上がって、そのうち目を閉じていられなくなって、そのうちじっとしていられなくなって、起き上がってしまう。明け方にうとうとしはじめて、なんとかこまぎれに2時間くらい眠る。

      そういうことがめっきり減った。眠ることが怖くなくなった。寝るの大好き。睡眠が合法の世界に生まれることができてしあわせ。ストンと眠ってパッと起きる。のそのそ起き上がって、猫を撫でて、洗面所に向かう。

 

     透明な日は、たぶんチューニングをしているのだと思う。いっぱいになった頭と心をどこかへ修理に出して、つるんとした剥き出しの状態で過ごして、ちょっとだけすっきりするために与えられた1日。

 

      夏の日差しは、率直で、痛い。だから自分の輪郭がはっきりする。夏はうるさい。浮かれ気分の夏休みボーイズ・アンド・ガールズも、大学の並木道の蝉もやかましい。だけどそのぶん、自分のなかの静かさを大事にすることができる。

 

      そろそろ認めようかな、わたしは夏が好きだ。湿気も 汗も 蚊も ギラギラの生命も 日焼けも 苦手だけど、夏生まれに免じて許すことにしよう。

   あと1週間で、20歳になる。

 

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起床即猫