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移動祝祭日

勘弁してくれ.com

海外研修4日目 ミャンマー→タイ

 


3月6日です。
今日はほぼ移動だけの日💭

 

ミャンマーマンダレーから タチレクまで飛行機に乗って、そこから歩いて国境越え タイに入ったら4時間バスに乗ってあとは寝るだけという感じでした。

朝がゆっくりだったので、朝ごはんをカロリーメイトで妥協して クーラーの効いた部屋で携帯電話をさわりながらごろごろしていました。1人の時間がないと死んでしまう! クーラーとWi-Fi すばらしかった

空港に行くまでにベーカリーみたいなところに寄って ケーキを思うさま試食しました。カステラよりももうちょっとチープな感じの油のおおいココナッツケーキがめちゃくちゃ美味しかった! ミャンマーの貨幣のチャットは日本では換金できないので 使い切るためにけっこう買い物をしました。 物価がめちゃくちゃ安いのですが、1円イコール10チャットなのでかなりリッチな気分になれます😋


空港まであの トラックの荷台に乗るやつ (ソンタム?)に乗って行き、悪名高い ヤンゴン・エアーに乗ってタチレクへ。 ヤンゴン・エアーはプロペラ機なのですが、機内が狭くて ふらふらの低空飛行で でも添乗員のむちむちのムキムキで姿勢が良くて 制服がすごく似合っているお兄さんが めちゃくちゃ甲斐甲斐しくお世話してくれて楽しかったです。 機内食がおもしろかった。

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タチレクに着いたら、歩いて国境を超えます。8キロ超のバックパックを背負って蒸し暑いなかがんばりました  まあ普通に出入国審査をするだけなのですけど、部屋の入り口を間違えてミャンマー人のおじさんにめちゃくちゃ笑われた。のんびりしていて愉快な人々です。

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国境はこのゲートを越えてからのけっこう中途半端なところにあって 道路沿いのめちゃくちゃ汚い川を眺めていたらいつの間にか通り過ぎていました ヒィー

 

タイに入ると、現地で日本語教師をやっている先輩が待っていてくださり、バスに乗ってチェンライへ 4時間 

バックパックを膝に乗せて その上に手持ちのカバンを乗せて 首に巻くまくらをしていたのでめちゃくちゃぐっすり眠れました。おしりが痺れた。

休憩地点で カオ パッタイ ムー を食べました。カオはご飯、パッタイは炒める、ムーは豚です   タイ版の焼き飯!めちゃくちゃ美味しくて感激しました 80パーツ 240円で満腹!

 

ホテルに着いたらあとは寝るだけです

明日は高校を訪問して  象に乗ります 🐘

 

 

 

 

 

海外研修3日目 ミャンマー🇲🇲

 

ミャンマー2日目です!研修3日目に書いたエントリです!

 

 今日はめちゃくちゃ濃い1日でした。ミャンマーを大好きになってしまった!

朝5:30出発で托鉢→朝ごはんにモヒンガー→ミャンマー人の日本語学習者とエクスカーション  民族衣装モヒンガー→寺院へ →おひるごはん→本屋さんとスーパーマーケットへ→ 喫茶店→大きなブッダ→橋→市場でごはん デザートはいちごヨーグルト

 

 

托鉢はお坊さんに食事や日用品を施すもので、そこへはサイカーという自転車に荷台が付いている2人乗りの乗り物に乗って行きました。

 

わたしは後ろ側に乗っていたのですが、コンビニがなく、街灯もほとんどなくてむき出しの蛍光灯だけの真っ暗の  まだ日が昇る前の涼しい街を 後ろ向きで進む  空を見上げて  お化けみたいな木とか 野良犬とか 野営の焚き火とか そういうのを見てると なんというか  全能感がありました。ウォールフラワーという映画の1番有名なシーンを思い出しました。

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だんだん明るくなって 人と車が増えて 活発になっていく街を見るのが新鮮でした。 運転手さんが上り坂を漕ぐのがめちゃくちゃしんどそうだった。ミャンマーは車線なんてあってないようなもので、突然クラクションが鳴って車がこっちに向かってくるのでめちゃくちゃ怖かった。でも楽しかったです。

 

 

そして托鉢を体験したのですが、少しルールがあって、施す人は裸足にならないとダメ とか お坊さんには絶対に触ってはいけない  とかでした。 お坊さんは裸足で、小さい子からお年寄りまでいて、体の大きさに合った鉄の入れ物を持っていて、そこにご飯をよそったりから揚げや卵をのせたりという感じでした。なんというか めちゃくちゃアホたいなんですけど、徳を積んだ気持ちになってしまいました。がはは

日用品はくじ引きで当たったものが施されるのですが、けっこうお坊のみなさんがきゃぴきゃぴしていて、ときどきガッツポーズする人なんかもいておもしろかったです。一方で 小さな子でも 粛々と迷いなく引いて迷いなくひらく くじ引きに嗜好性を求めないかんじの人たちもいました。から揚げが欲しくて何回も並んでた男の子が可愛かった。

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朝ごはんは教授とお知り合いのミャンマー人の方のおうちでいただきました。 モヒンガー プラム いちご 魚のすり身 など

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モヒンガーはおいしかったけど なんか食べたことがある感じがして よく考えたら風味がカップヌードルカレー味でした。それよりちょっとえぐめ。みんなおかわりしててすごかった。ミャンマーではわんこそばよりすごくて、お皿からものがなくなりかけたらすかさずお代わりを尋ねられます。親切!食べた部屋の窓から朝焼けが見えました

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ミャンマー人学習者とのエクスカーションでは8人ぐらいのグループに分かれて行動しました。まず最初はロンジーという民族衣装のお店を見に行きました。ざっくり言うと腰に巻く布というかんじ。ミャンマーでは8割ぐらいの人がこの民族衣装を着ています。上と下が分かれているのですが、上もきちっと着るひともいれば、上はTシャツやポロシャツの人もいました。涼しい。相場が15000チャット(1500円)のところを6500チャットぐらいで買えてうれしかった。物価が安い!

 

その衣装を着て、パゴダに行きました。

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パゴダは寺院のことなのですが、きまりとして、①裸足であること ②くるぶしがかくれる丈のボトムスを履いていること  がありました。

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裸足で歩くのはすごくたのしかった!地面がアチアチでした。蓮の花を買って、仏の前の祭壇にある花瓶に飾ります。

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仏像の頭の後ろに電飾があってさながら  CR・ブッダという感じ。

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座り方はなんでもいいのですが、手を顔の前で合わせて、地面まで合掌3回で祈ります。花売りの女の子がたくさんいてかわいかった。  仏の奥にはミャンマーの伝統的な日焼け止めの タナカー をしてくれるところがありました。タナカーは何かの木を擦ったものなのですが(ちゃんと調べます😂)、塗ったそばから清涼感があってすてきでした。 タナカーは10歳ぐらいの女の子が塗ってくれます。手際がよくてうっとりしてしまった。!

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移動は荷台に屋根が付いていて茣蓙がひいてあるトラックでしていたのですが、寺院からでてそのトラックに戻るまでの間に 学習者の男の人がサッと足の裏を拭くものを買ってきてくれてめちゃくちゃときめきました。わはは

 

その次はおひるごはん。正直ミャンマー料理 食べられるかめちゃくちゃ不安でたくさんカロリーメイトやカップラーメンを持って方いたのですが、ちゃんと説明のあるものも多いし、美味しいものがたくさんありました。どこかのエントリでも書きましたが わたしめちゃくちゃ食に保守的なので、「よくわからないけどとりあえず食べてみたらウマイ」  という体験をできてよかったです。 お口直しみたいな感じで壺に黒糖を固めた飴が置いてあって、めちゃくちゃ甘いけどめちゃくちゃすてきでした。

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ご飯を食べ終わったら腹ごなしに本屋さんとスーパーマーケットへ。ミャンマー人が普段どんなところで買い物をしているのかを見たくて、連れて行ってもらいました。スーパーマーケットではお米が山になって売っていたり

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たくさんの香辛料が売っていたり

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あと、ミャンマー料理はめちゃくちゃ油が多くて  それは  油=豊か ということだかららしいのですが、スーパーにもアホほど油が売っていてびっくりしました。 あと 民族衣装ロンジーが量販されていたのにびっくりしました。布がちゃっちい感じ。でもリボン柄とかハート柄とか かわいかった。

わたしが行ったのはイオンモールみたいなところだったのですが、 「JAPAN STORE」という名前で 日本の百均の商品がなんの翻訳もないまま 1800チャット均一(180円)で売られているお店があってめちゃくちゃおもしろかったです。ぼったくりやんけ。バナナカッターの使い方とかわかるのかな。

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あと、店員さんたちのリラックス具合が本当にすごかった。思い返してみれば空港のチェックインカウンターでも係りの人が堂々とiPhoneを充電しながらいじっていたりしたのですが、店員さんたちは座り込んでiPhoneをさわりながら同僚と談笑  お客が来たら随時応対 という感じで 穏やか和やか朗らかな雰囲気でした。

 

わたしたちが  連れて行って!  とお願いしていたプログラムはここまでだったのですが、時間がめちゃくちゃ余っていたので 喫茶店に連れて行ってもらいました。ミャンマーでは  女の子たちだけでカフェで長いことお喋り  みたいなのは少しはしたなく映るみたいで あんまりやらないみたいでした。どうして? と聞いたらびっくりしていてびっくりした。 ミャンマーでは夏(4月)でも熱〜〜い甘〜〜いミルクティーを飲むそうです。甘いミルクティーと交互ににちょっと甘いふつうのお茶も飲むのが習慣らしい。ちょっと甘い方は無料です。おなかちゃぷちゃぷ! でもすっっごくおいしかったです。暑い時に熱いものを摂るとすっきりしますね。一緒に食べた ベンモン というお菓子も最高だった。◎

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そのあとはなんかめちゃくちゃ大きいブッダのある寺院へ。

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女性は1番近いところまでは入れない決まりなのですが、ここでのお願い事は本当によく叶うらしい!ワオ  壁の装飾の仏さまの顔が穏やかですてきでした。

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撫でたところが良くなる系の像を思うさま撫で回して、「撫でた人は良くなるけど撫でられた側はどんどん物理的にすり減って消耗していくのだよな〜」と思ってゾッとしたりしました。

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ちかくにビカビカ光る仏具店がたくさんあっておもしろかった。ブッダモチーフのステッカーがかなりぶっとんでいて良かったです。使い所がないから買わなかったけど…

 

そのあとはまた移動して 長い高い有名な橋へ。名前が本当に思い出せないのですがかなりたくさんの観光バスと観光客(フランス人が多かった)が来ていました。おめあては夕日 🌞  橋は地面からすごく離れているのに柵がなくてぜんぶ木でできていて 途中から下が川になるのでけっこうスリリングでした。たくさん歩きました。たのしかった!最後に学習者の人たちが買ってくれたコーラが世界で1番最高でした。

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移動中はトラックの荷台で 学習者のリクエストに応えて日本の歌を歌ったり みんなでしりとりをしたりしました。特にしりとりは日本人は学習者の語彙範囲の名詞を出すのに苦労したし、学習者たちも苦しみながらワイワイたのしめてよかった! あとはロンジーでの乗り方降り方を教えてもらったりしておもしろかったです。

 

学習者のみなさんと別れてからは晩ご飯を食べに市場に行きました。豚串をよくわからないスープにつけて食べる奴が一本100チャット(10円)   肉っぽいところを選んだのにぷるっぷるで1本でやめてしまいました  あれは耳だったのか…?

 

デザートはいちごヨーグルト🍓🐮

有名なお店だったようで、手作りのヨーグルトがめちゃくちゃ濃厚でほんとうにおいしかった!!練乳がかかっているのに砂糖をかけたりして激甘にして食べます。もういっかいたべたいな〜〜

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なんというか、こういう研修で連れて来てもらわないとミャンマーなんか来ないだろうな  と思っていたのですが、これは また来てしまいそうです。自分の目と肌で確かめられて良かった。

あとは 情報は色々インターネットで手に入るけど、その情報は現地人の口から聞くのとどう違うのだろう  ということを考えたりしました。たしかに学習者の日本語は分かりにくいことも多いけど、ウーム  など

 

あとは乞食のひとが本当に多くて、子供を抱きながら寄ってくるのですよね。ロシア語の先生からも、いろんな先輩からも  「無視するのが良い  1人にあげるなら全員にあげないといけなくなるし、本当に生活に困っているのかもわからない」と言われるのですが、そういうことではなくて、感情としてけっこう揺さぶられるものがあったというか、理屈はどうでもいいから目の前の人を助ければいいのでは? と思ったりして 伊坂幸太郎の小説「砂漠」に出てくる西嶋という青年のことを思い出したりしました。わたしも砂漠に雪を降らせないといけないんじゃないか…など   まあでも 現地の人たちはわりとフランクに施していて  なるほどな   と思ったりしました。旅行者とアレはまた全然違いますよね、こういうのいつまでたっても折り合いがつかなくて困っちゃうな…というきもちです。

 

さて、今日はこのへんでおわりです。明日はタイに戻ります 🇹🇭

 

 

海外研修2日目 ミャンマー🇲🇲

 

やっとWi-Fiがサクサク動く環境にいます!うれしい!

海外研修2日目に書いたエントリです!

 

今日は タクシー移動→空港近くのワットドンムアン朝市であさごはん→ミャンマーへ🇲🇲→バスでレストランへ→ホテルに荷物を置き→HITOセンターでミャンマー人の日本語学習者と交流→馬車でホテルに帰る  というかんじでした。

 

ワットドンムアン市場では豚の串?ともち米を食べました  タイではもち米がビニール袋に入って売っています  2つで25バーツ 75円ぐらい  安い!ウマイ!焼肉のたれの味がした  あとなんかラーメン 麺がめちゃくちゃ細くてびっくりした 

タイは道路のあちこちにお店があって、むき出しでドン!と置いてある机に座ってそこで食べるというかんじです

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朝ごはんを食べた足で空港に向かって飛行機でミャンマーに向かおうとしたのですが、わたしがミャンマーの入国ビザを印刷してくるのを忘れてしまってけっこうもめました。結局 メールでチェックインカウンターにビザの画像データを送って印刷してもらったのですが、入国できないところでした  危なかった  先生も先輩もめちゃくちゃ助けてくれてフォローしてくれてウワーンという感じでした  やらかしてしまった

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ミャンマーに着いて、現地の先輩と一緒にバスでお昼ご飯のレストランへ。街は  白い剥き出しの地面  手作業で道路をコンクリートにしているみたいで、細かい砂やコンクリートが舞って空気がもあもあでした。お花みたいな木  花びらの葉っぱ  細い木が密集して生えていた。暑いけどカラカラで 全員きれいに日焼けしていました。あと道路はまじでクラクションがめちゃくちゃ多い  危ない!とかではなく、今から通るからとけ!!みたいに聞こえました。車線がない道路が多いしあったところでという感じ  ヒュウ

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豪奢な車内

 

 お昼ご飯は白ごはんがほそながかった。ぱらぱらで匂いが強くてじょりじょりしていた。鶏肉を頼んだはずが得体の知れない肉がでてきて、たぶん羊なんですけど、骨に囲まれていた肉塊からがんばって肉を剥がして油の浮いたカレーにつけて食べた。味はおいしいんだけど、ごはんにえずいてしまった。くさい!

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そしてHITOセンターというところで ミャンマー人の日本語学習者と交流   今回ミャンマーでお世話になっている先輩はここで日本語教師として働いている人で、このセンターに寝泊まりしているらしかった。 ミャンマーのみなさんは日本語がうまかった。! 最初はわたしもめちゃくちゃ緊張していたのですが、だんだんうちとけて会話できて楽しかった。ガンガン質問してくれる人もいれば めちゃくちゃシャイな人もいて、 でもみんな一生懸命でした。 わたしの英語やロシア語も 彼らが話す日本語のように聞こえているのかなあ と不思議な気持ちになった。 わたしが質問をして、?? という反応をされた時に適切に言い換えられなくて  あとは 語彙をつかめなくて ちょっとガーンとなりました。だしもので歌をうたっている時に こんなところで誰となにを通じ合っているんだろうすごすぎないか、とおもってめちゃくちゃうるうるしてしまった。「見栄を張る日本人」というテーマで練習してきた日本語でのスキットは段取りがちょっと悪かったけど思ったより反応が良くて楽しかった。小道具で持って行った 聖★おにいさん をミャンマー人に布教してきました。わはは

 

 

そのあとは何人かのミャンマー人とレストランへ。暗いし道路も危険だしで、ミャンマー人のカップルの女の子の方が道路を歩くときに手を繋いでくれて、男の子の方はコナンに出てくる服部平次に似ているかなり日本語の話せる感じだった。

わたしが何回も道に躓いていたら、女の子の方が ミャンマーの諺を教えてくれて、男の子の通訳によると  あなたを待っている人がいる のだそう。ヒュウ!

 

 

レストランはなんというかキャンプ場みたいな雰囲気でした。パラソルとかんたんなつくえといす。蚊がすごくて発狂しそうだった。野良犬と野良猫が多い!がりがりの目が多い猫に食べ物をめちゃくちゃ狙われていた。

晩ご飯は中華料理で、にんじんがおいしかった 🥕  

 

そのレストランからは馬車で帰りました。

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興奮しないように目隠しされて、木のがたがたの車輪で あんなに危険な道路を走らされる馬にめちゃくちゃ情がわいてしまって大変でした。でもめちゃくちゃ楽しかった! 揺れのリズムが初めての感じでした。

 

ホテルは ホテルというかゲストハウスという感じで、外国人専用なので フロントの人たちがみんな日本語も英語も話せてすごかった。日本語を話せる人はHITOセンターで勉強していたらしい。HITOセンターのしくみをわたしもよくわかっていないのですが、たぶん塾みたいな感じで、大学生もいれば高校生もいて、社会人もお年寄りもいるという感じでした。  ホテルのWi-Fiのパスワードが123456789でめちゃくちゃおもしろかった。けっこう快適でした。

 

交流会では日本語学習者が浴衣を着るコーナーがあったのですが、「浴衣で一緒に写真を撮りましょう」と言っていた女の子と、時間の関係で写真を撮れなくてウワーーーーとなったのですが、旅をするということはもう一生会わないであろう物や人にそれでも一回出会ってみるということなのかもしれない、と思いました。さみしい。

 

明日は5:30出発で托鉢に出かけます!寝るぞ寝るぞ寝るぞ 

 

 

 

 

 

海外研修 1日目 ②

 

さて、香港から飛行機を乗り継いでタイに向かいました。乗り継ぎの手続きの間  研修の参加者誰とも会えなくて  ちょっと泣きそうになりながらなんとか飛行機に乗ったら 引率の教授が飛行機の搭乗時刻のぎりぎりを攻めたらしくて、機内で何度も名前が呼ばれていたので  飛行機間違ってなかった〜〜〜〜!とホッとしました。タイとは時差が2時間あって、タイの方が早いのですが、その関係もあってか機内食がまた出てきておもしろかったです。おなかいっぱい

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そのあとは数独に夢中になっているうちにタイに着きました。めちゃくちゃ蒸し暑い !日本から着ていたヒートテックを脱ぎ損ねて痛い目にあいました。

タイといえばタイ文字なのですが 仕組みが

全然わからなくてかっこいい。

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タクシーに分乗してホテルに向かおうとしたのですが、たぶん人数が多すぎるとかで乗せてもらえず、その交渉にはやっぱり英語を使うわけですけども、双方が英語母語話者ではないという状況で、たとえ片方だけが話せても全く意思の疎通ができないということに直面しました。結局うまいこと乗せてもらえたのですけど。

 

タクシーの車窓から見るタイの街の印象は、生活感がすごい!!!というものでした。郊外から都心に向かったのですが、都市計画なんてあったもんじゃないんだろうなあという感じ。乱立するパラボラアンテナに多すぎる窓。だんだん都会に近づくにつれて近代的なビルも多くなるのですが、近代的というか前衛的というか、東南アジアってけっこうそういう建物が多いイメージなんですけど、直方体のビルの上に寺院の頭のあの玉ねぎの部分だけがのっかっていたり、テトリスのピースみたいな形だったりでおもひろかったです。

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テトリスのピース

 

あとは、日本のマンションって ベランダが直方体から突き出していると思うんですけど、タイのマンションは ベランダがへっこんでいて 直方体としてのすべすべを保っているという感じで、かっこいいな〜〜と思ってみていました。 

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こんなかんじ

 

太陽が大きくて空にぽっかり穴が空いてるようだった。なかなか沈まなくて、沈んだ後もしばらく空は明るくて、それで、急に暗くなる  という感じでした。月も異様に黄色いし、地球って丸いんだなあ!

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それから国王の死を悼んで服喪を表明する看板を本当にたくさん見かけました。わたしが泊まっているホテルの最寄り駅には菊の花と等身大写真といっしょに祭壇がつくられているほど。わたしたちも、高校や大学を訪問する際にはそれに配慮したフォーマルな服装をするように指導されています。これこそが文化の違いというか、そういうものを感じました。

 

 

ホテルに荷物を置いたらつぎは列車とバスで市場へ向かいます。列車の切符はオセロのコマみたいなやつ

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タッチで改札に入るのですが落とさずカッコよく通過するのがめちゃくちゃ難しい  モタモタしているとゲートが閉まって体が挟まれます。骨盤が割れるかとおもった。あとエスカレーターがめちゃくちゃ速い  

列車の中はクリーム色の電灯にくすんだ群青色のつり革でめちゃくちゃ情緒があるのですが、なんせ 乗客がしゃべるしゃべる! 列車で電話をすることなんかおかまいなしでした。つり革が座席名前じゃなくて通路の真ん中にあるのでどこに立っていいかちょっとどぎまぎした。座っていて圧迫感がないのはいいことですね。

 


市場ではいろんな夜店が出ていて よくわからないものにいろいろ挑戦したりした 竹筒にココナッツミルクで炊いたお赤飯をつめて焼いたやつが美味しかったです。ココナッツパンケーキをそうだとは知らずに食べて、なんか食べたことあるこの味!となって、全員でいっぺんにミスタードーナツのこれ

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をおもいだしてゲラゲラ笑いました。蒸し暑くて、昼間に道路が焦がされた匂いが町中に残っていて、なんというかお祭りの日みたいでした。これが日常という生活もあるんだな〜と  スーツ姿で生ぬるいミニマルで得体の知れないお寿司を買って帰る女の人を見て、ちょっと気の遠くなる思いがした。

 


市内のバスは轟音で すごい速さではしる 全てが大仰です 停留所に停留している時間は10秒ぐらい  運賃のシステムはわりにいい加減で、係の人が集めに来る 見逃しが多いし確認もしない  車壁はブリキで床は古びた木のフローリング  蛍光灯と無骨な扇風機が何台もぶらさげられていた

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ホテルのシャワーは水しか出なかったけど、蒸し暑いのでそれでもとっても気持ちよかったです


黄色い二段ベッドの下の段で眠ります

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明日もハードだ!

 

海外研修1日目 ①

 

こんにちは、窓際です。

いまわたしは大学の海外研修でタイに向かっています。ヒューヒュー!🇹🇭 

東南アジアに行くのは初めてでドキドキしているのですが、せっかくなのでできるだけ文字にして残しておこうと思います。はてなのアプリはオフラインでも記事が書けるのでうれしい

 

 

きのう結局荷造りが2:30まで終わらなくて  悪路が多いのでバックパックを背負わないとだめなんですけど、先輩のおすすめ通り40Lを買ったら全然荷物が入らなくて  毎日同じ服を着る覚悟を決めました  ウワーン  

 

それで寝不足だったのですが 朝お父さんが空港まで車で送ってくれて  ナーバスになっているのか 高速道路がほんとうにこわかった。あと、昨日のばんごはんを食べ過ぎたのか 起きた瞬間から吐き気がすごくて  まあ血圧が低かったんでしょうけど、家を出る前から 帰りたいよ〜〜〜という感じでした。コンビニで朝ごはんを買って、日本最後の食事としてセブンイレブンの塩おにぎりを食べました。全然関係ないんですけど、塩握りの予測変換が 死おにぎり  詩おにぎり  師おにぎり でちょっと笑いました。ポエジーなおにぎり。わはは

 

空港について、バックパックに鍵をつけるのにお父さんと2人がかりで悪戦苦闘して(説明が英語と中国語でしかついていなかった)、海沿い吹きっさらしにある空港が寒くて寒くて、「こりゃ防寒具がいるぞ、そういえばウルトラライトダウンを推奨されていたような…」となり、でももちろん用意していないので、紆余と曲折を経て  車に積んであったお父さんの作業着?みたいなやつをもっていくことになりました。上からすっぽりかぶるしゃかしゃかの生地のやつなんですけど、ペンキ汚れや破れがあって  キャップをかぶると 空港の技術職員みたいな感じになっておもしろかったです。まるめがねで童顔で髪の毛が金髪混じりのぐるぐるなので  アメリカの映画にでてきそう…となりました。   お父さんは「あまりに小汚い!!!日本で着るな!!!小汚いがすぎる!!」と嘆いていたのですが、わたしはすっかり気に入っています。ホームシックになったら抱いて寝よう。うふふ

 

抱いて寝るといえば、去年の夏に  LCCの粗悪な座席に度重なる乗り換え、えげつない長時間のトランジット…というわりと過酷なオーストラリア旅行をやって、まあ直行便が高くて買えなかったのと 旅行に向けて動くのが遅すぎたというだけで めちゃくちゃ楽しかったんですけど、首がぼきぼきのばきばきのかちこちになってしまうので  「次海外に行くときは絶対にあのなんかベーグルみたいな枕を買ってもって行くぞ…」と決意していたのですが、ちゃんともってきました!  それで、なんというかあの、太さとか肌触りの気持ちよさとか重量感とかが、なんというか、完全にうちの猫なんですよね。 抱いて寝ます。

 

まあそれで飛行機にのるんですけど、座席にパーソナルTVが付いているタイプの飛行機で、コンテンツを探っていたら  ファンタスティックビースト や LA LA LAND  や シンゴジラ君の名は。 があってたまげました。修学旅行生たちが興奮の雄叫びをあげていた。わたしは LA LA LANDは映画館で観たいぞ!!  修学旅行生  あまりにもうるさいので小学生かな?と半ば本気で思っていたら高校生でびっくりしました。修学旅行だもんね。  

それでわたしは そのTVの中に入っていた andropのベストアルバムを聴きながら本を読んだり寝たりしてたのですが、マジのベストアルバムやんけ、と思いました。過不足がなくて本当にいいアルバム。発売してたの知らなかったな〜〜

 

あとはポッドキャストに 「chinese history」や「chinese saying」の朗読が入ってておもしろかったです。中国の航空会社だからなのかな。

 

 

ところでわたしは機内食がめちゃくちゃ大好きで、味とかはわりとなんでもいいんですけど、このミニマルで美しいかんじ!毎回うっとりしてしまいます。バタをつけて食べるパン大好き。どうがんばってもバタ余るやつです。

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今日の機内食は鶏肉とフライドポテトと甘い人参とそうめんとパンと デザートにはレーズン・バター・サンドというかんじでした。おいしかった!😋  めんつゆと海苔が純日本製でなんかうれしかったです。

あといつも思ってるのですが、機内食ってどう考えても2食ぶんありますよね。

 

 

ということでもうすぐ香港について、そしたら乗り換えです。

 

飛行機の窓の外って なんかうそみたい

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高校のこと・追記

 

担任の先生は 家や親のことに振り回されていたわたしに 「あなたの人生はこれからで、あなたの人生を操縦できるのは というか たとえ嫌でも破滅したくても、 自分の人生は自分で操縦しなければならないんだよ、高校2年生、3年生はその準備期間なんだよ」、ということをずっと言いつづけてくれた人で、こんなに優しい言い方じゃなかったですけど、それってやっぱり 年を重ねた人にしか  長年自分の人生をやってきた人にしか言えないことですよね。

目の前のことであっぷあっぷしていたわたしに「これから」という視点を提示してくれて、そのおかげで 「アッ、勉強しよう」って思えたし  絶対におまえたちに振り回されてやらないからな!とも思ったし  なんか  自分のために考えて自分のために行動しようっていうのがしっかり確立したのは ビッグバンだったなあと思います。

 

お父さんはお父さんという名前ではないし、お母さんはお母さんという名前ではないっていうことをちゃんとわかって、それでも彼らの子供として、うまいこと距離をとれるようになるなんて 思いもよらなかったので とってもうれしいです。まあまだまだ問題は山積みなんですけどね。 わはは

 

こんどこそおわりです。

高校のこと

今週のお題「卒業」

 

おはようございます、窓際です。

高校を卒業してから1年が経とうとしています。ワオワオという感じ。じつはわたしは高校を卒業できるかめちゃくちゃ危うかったのです。それは出席日数が完全に足りなかったからなのですけど、わたしが高校で学んだのは 大人のひとにマジの感謝をすることと、しんどい時にはしんどい顔をしてしんどいって言っていい  ということでした。その話をします。今週のお題的に間に合っていない気もする。でもその話をします。

 

高校2年生のときに、両親が離婚しました。離婚が成立したのはそのときだったけど、彼らがいがみあい始めてからは7年 別居しだしてからは3年が経っていました。離婚は いわゆる泥沼で わたしが高校1年生のときからずっと裁判と調停を繰り返していました。 まあ ありきたりな話だとも思うし、家の荒れ具合でいうと 裁判や調停が始まる前 つまり中学生の頃がいちばん荒れていたので なんであのタイミングだったんだろう  という感じもするのですが、高校2年の途中から あんまり学校に行けなくなってしまいました。最初にガタガタッと崩れたのはたぶん夏休みが明けたぐらいで  そこからは1週間ちゃんとフルで学校に行ったことってあんまりない気がします。あんまりおぼえてないけど、そのころってたぶん  離婚が成立するかしないかぐらいで  父親には彼女ができて家に帰ってこなくなって  それを知った母親から「新しいお母さんとお幸せにね、もうわたしの家庭に関わらないでください」みたいなLINEが届いて  みたいなタイミングだった記憶がある。そのあとはいろいろなタイミングで体調を崩していた。いまでもなんであんなに学校に行けてなかったんだろう というのはよくわかってないんですけど、とにかく「学校に行ってる場合じゃない」っておもっていたのはおぼえています。世界中の誰もこっちを向いてくれてないと思っていた。家にいてもずーっと情緒不安定で  よくわからない泣き方や思いつめ方をしていた。しまいには耳鳴りがとまらなくなって眠れなくなって 生活リズムがはちゃめちゃになったりしていました。

 

それで  何がいちばんしんどかったって、自分がサボっているだけなんじゃないかって思ってしまうことで、学校に行ったら行ったでそこそこ元気なので  新しくクラスメイトになった男の子に 学校に行ってないことをアウトロー芸人としてからかわれたり、やっとの思いで教室に入ったら わたしの机の上に 違う子の教科書が山積みだったり   親の離婚や家庭の不和みたいなありきたりな理由で  もっとつらい人や頑張ってる人もたくさんいるのに 自分だけが被害者みたいな顔して学校に行かなくなったりしてるの めちゃくちゃアホでは? と思ってしまったり  まあつまり 自ら深みにはまっていっていました。 担任の女の先生が 「お母さんのいない子」として 必要以上に食事や家事のことを気にしてくれるのもいやだった。

 

 

それで  高校2年生は前半ちゃんと学校に行っていたので進級できたのですが、高校3年生は序盤からめげていたので 常に出席が危なくて  しかも進学校だったので進路も決めないとだめで  というか周りのみんなはもう目標を決めてとっくの昔に勉強を始めていて  それなのにわたしは  大学行かないとだめなんですか?こんなにしんどいのに?みたいな感じで うだうだぐずぐずしていました。

 

それでも ある女の子に誘ってもらって  カウンセリングに通いだして  部活にもちょっとしばらく休みますということを言って  興味のある職業の専門学校をぼんやり調べてたら 「アーでも これは大学に行っといたほうがいいやつだな」と思って  勉強をはじめて  ちょっと気持ち的には落ち着いて  まあそれでも体調の波には抗えずにぽつぽつ学校を休んでいたら ついにあと1回この授業を休んだら卒業できませんというところまでいってしまいました。 そもそもわたしのいる県の公立高校では ひとつでも単位を落としたら会議にかけられて  事情が認められなかったり 成績が悪いとその時点で留年になったりもするという感じで 、 幸いわたしは成績はパスしていたし事情も認めてもらえていたのですが、  それでもその落とした単位の合計が13になると どこの誰がどうがんばっても卒業できなくて それを12まで落としていたということなんですけど  まあ結果的には  ちゃんと卒業できたんですよね。

 

先生たちはみんなお金をもらっているから、仕事だからしかたなくわたしに優しくしてくれているだけで  父親も母親もわたしより大事なひとがいるんでしょ、それでもあなたたちにはわたしに対する扶養義務があるんだからよろしくお願いしますね  という感じでやってきて、だからそれまで大人のひとにマジの感謝をしたことがなかったんですけど、高2高3と 2年間担任をしてくれた先生に  うまれてはじめて マジの感謝をしました。わたしの知らないところで、わたしが卒業するために、それはもちろん仕事だからなのですけど、いろいろ動いてくれていたんだろうなあ、休みが続くと頻繁に電話をかけてきてくれて、叱られたし励まされたし  やけになって「破滅したい」としか言わなくなったわたしの背中を 辛抱強くおしつづけてくれたし  進路のシビアな話をしてくれて(今のあなたの実力ならこの大学はもう無理、ここなら手が届く、ここは大丈夫  みたいなやつ)  年賀状には「あなたの人生の本番はここからです」と書いてくれて、本当に救われました。

 

そう考えると、学校に行ったらちゃんと友達がいて 授業のノートを見せてくれたり 行事の班分けの仲間にそっと入れてくれていたり  保健室のカウンセリングに申し込んだらどうかと誘ってくれたり、とことん話を聞いてくれたり  その逆に 何にも聞かないでいつも通り遊んでくれたり  いろんなやりかたでたくさんの人に助けてもらっていたなあと思います。電車で過呼吸になって ホームで休んでいたわたしに 同じ電車に乗っていたサラリーマンのひとがわざわざペットボトルのお茶を買って戻ってきてくれたこともずっと覚えています。いまこの瞬間は世界に大事にされてると思いました。自己肯定感というか。

 

なんでみんなわたしにこんなによくしてくれるのかな、優しくされていいのかな、気持ち悪くないのかな、こんなものを受け取っていいのかな  という戸惑いはすごく大きかったけれど、それ以上にほんとうに嬉しくて、ああ、これが感謝ってやつなのか  自分のなかから自然とわきあがってくる感情が人に向かうのってすごいな  と思いました。

 

そういう意味では、現役で第一志望の大学に入ることができて  そして大学ではちゃんとフルで単位を取っているので 少しは恩返しできたのかなあと思う。えらい!

 

あとは  カウンセリングに行ってみて 、しんどい時はしんどい顔でしんどいって言っていいんだ、むしろどちらかというとそのほうが良いんだ ということを学びました。わたしが周りの人から勝手にサボってる認定 されたり、自分のことをそう思っていたのは、へらへらしていたからなんだな〜〜ということなんですけど、なんというか、扱われたいようにふるまわないと へらへらしているだけではただの自虐・自嘲になってしまうし、それはちゃんと話を聞いてくれようとするひとに失礼で  しかもわたしも大きなチャンスを逃すんだな  ということに気づいたのでした。扱われたいようにふるまう  というのは たとえば気遣われたいなら気遣ってほしいと表明する  ということで  わりと諸刃の剣なんですけど、すくなくともあの環境、あのしんどさのなかでは必要なことでした。

 

カウンセリングや保健室の先生と話すなかで  「わたしはわたし個人のしんどさを持っていていいんだ」  と思ったし、頭の固い女子高生を  とにかく全肯定してそのフェーズまで辛抱強くもっていってくれた先生たちのことを、たぶんずっと忘れないと思います。いま思うと、この経験のおかげで ほかの人の話の聞き方がずいぶんかわったなとおもいます。その人の話としてちゃんと受け取れるようになったというか、自他の区別がついたんですね。

 

 

「仕事だからこれだけやってもらってあたりまえ」とか、「仕事なのにこれだけやってくれてすごい」とか  そういう話ではなくて、大人たちが仕事という枠の中で  せいいっぱいわたしのためにできることをどうにかこうにかやってくれた んだ ということに気づいて、道徳の授業じゃないところで  自分のなかから 感謝のきもちが湧いてくるのを経験できたのは めちゃくちゃ大きいことだったと思います。 いい高校だったなあ

 

とはいえ、なんだかんだタイミングを逃してしまって 1年間1回も先生たちに会いに行けていないので 2017年にやりたいこととして ことしは 高校の先生に会いに行きたいと思います。

 

 

 

おわり!